約 571,018 件
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1948.html
114 :ヤンデレの娘さん 脅迫の巻 ◆DSlAqf.vqc :2010/11/01(月) 01 04 52 ID wJ+H+9ca 「…千里くんの弱みって何ですか?」 ある日の下校中、俺こと御神千里(ミカミセンリ)は恋人であるところの緋月三日(ヒヅキミカ)に脈絡無くそんなことを聞かれた。 「や、割と弱みというか欠点は多いほうだと思うけど、何でいきなりンなことを?」 「…例えばですよ、ある日、まかり間違って千里くんがどこかの女狐に誘惑されて篭絡されるかもしれないじゃないですか」 「いきなりヘヴィな例え話だね」 「…それで、私に向かって『別れよう』とか言い出すかもしれないですよね?」 「……それで?」 「…だけどそれはある種の気の迷いで間違いで正さなきゃいけないことなんですよ!」 くわ、と身を乗り出して三日は言った。 「それと俺の弱みがどうつながるん?」 「弱みを握っていれば別れられないじゃないですか!」 「ってソレ脅迫じゃないの!?」 断言する三日に反射的にツッコミを入れる。 つーか、たとえ話の中の俺が最低すぎる。 浮気男かよ、誠死ね状態だよ。 そーゆーことしたら最後、「女の子に似合わないカオ作ってんじゃねぇ!」と親にブン殴られる。 見た目女なのにパンチ力がハンパ無いからな、あの人。 「…それで、今までの観察記録(せいかつ)から千里くんの弱みを洗い出そうとしているんですけど、中々うまくいかなくて…」 「それで直接本人に聞いたと」 俺の言葉にこくん、と頷く三日。 ……正直なのは良いことである。 「とりあえず三日。さしあたり、俺に浮気と別れる予定は無いよ?」 「…昔の人は言いました、予定は未定と」 あれ、もしかして俺、恋人からの信頼度とてつもなく低い? 「…それに、男の人が別れたい理由なんてたくさんあります。『君にはもっと魅力的な相手がいる』とか『占いで相性が悪かったし』とか『実は巨乳(貧乳)フェチなんだ』とか『ぶっちゃけ愛が重い』とか」 「無駄に具体的だね…」 「…実体験です。というか全部月日(ツキヒ)お父さんが零日(レイカ)お母さんや二日(ニカ)お姉様に言った言葉です」 「娘の前で何別れ話切り出してんのおとーさん!?」 まだ知らぬ三日の家族の名前が明かされたと思ったら、その上ヘヴィな話を明かされた。 ……つーか、『お姉様に』って何さ。 まさかとは思うけど、実の娘さんが美人過ぎるからって手ぇ出したんじゃあるまいか…。 一日(カズヒ)おにーさんといいこの月日さんといい、どうにも緋月家の男共は油断ならんというか何というか。 「三日、もし親父さんからいやらしいことをされたら相談してくれ。絶対力になるから」 「…ありがとうございます、千里くん。でも、お母さんやお姉様がいますから、お父さんもこれ以上泥沼にしようとは思わない……と思います」 ああ、泥沼なのがデフォなのね。 もしかして、緋月家の家庭環境って割と殺伐としてんじゃなかろうか? 「…あ、我が家は割と仲良いですよ?日曜朝に子供向けヒーロー番組を家族4人そろって観る位には」 俺の心配を見て取ったのか、三日が言った。 116 :ヤンデレの娘さん 脅迫の巻 ◆DSlAqf.vqc :2010/11/01(月) 01 06 56 ID wJ+H+9ca 「ああ、それなら…」 「…観ながら、お母さんとお姉様が正々堂々真正面からお父さんを奪い合うくらいには」 「随分オープンな三角関係なんだな…」 「…この前なんて、テレビのヒーローが必殺技を放つのと同じタイミングでお母さんがお姉様を吹き飛ばしました」 「随分バイオレンスな三角関係なんだな!?」 「…お兄ちゃんが家を出ているので、最近は飛んでくるお姉様を避けるのが大変です」 「三日その内殺されるんでない?凶器は二日さん、犯人は零日さんで」 「…それで、千里くんの弱みって何ですか?」 「どうしてそこで話をそらすかな!?って言うか戻るかな!?」 「…ウチの家族は何だかんだで幸せみたいですから」 幸せらしい。 当事者がそう言うからにはそうなんだろう。 将来的には、色々な意味で三日を引き離したくなる家庭ではあるが。 「…次は、私たちの幸せを考えましょう」 「俺の弱みが俺らの幸せに関係するとも思えないけどなー」 そうは言いながらも、自分の弱みとやらちょっと考えてみる。 が、いきなり聞かれても分からん。 弱みってぇとアレだろ? 世間に暴露されたらピンチになるような情報のことだろ? 一介の高校生がそういくつも持っているモンでも無いような気がしてきた。 「自分の欠点なら数え切れないほど思いつくんだけどなー」 「…え、御神くんに欠点なんて無いじゃないですか?」 俺の言葉に、まるで当然のように言う三日。 「参考までに聞くけど、三日的に俺ってどんななん?」 「…御神千里。二年四組出席番号十九番、窓側の列の前から四番目、血液型はA型、身長195cm、体重83kg。 所属クラブは無し、ただし料理部助っ人、夜照学園生徒会助っ人、他多数助っ人。得意科目は国語、苦手科目は数学。 趣味は私と料理と昼寝と読書、好きな物は私と料理、本(漫画含む)、特撮番組、特技は私と家事全般、住所は都内夜照市病天零4丁目13-13。 得意料理は和食。特に肉じゃがは絶品。ただし朝のホットケーキも捨てがたい。 家族構成はメイクアップアーティストのお義父様、御神万里(ミカミバンリ)さん。お母様の御神千幸(ミカミチサチ)さんは故人。 性格は温厚。意識して他人に気を配れて、頼まれると嫌とは言わないタイプ。 けれど、できないことはできないと言うし、なおかつ頼まれたことは一通り達成する、達成できるミスター・パーフェクト。 1日のスケジュールは…」 「オーケー、分かった。それくらいでいい。あと、明日の弁当は肉じゃがにしよう」 際限なく話そうとする三日を、俺は押しとどめた。 このままでは何時間でも俺の話をしてそうだ。 そうか、三日は肉じゃが好きなのか。 じゃ無くて。 「さすがに、ミスター・パーフェクトはほめすぎっしょ。俺はそんな大層な人間じゃ無いよ」 「…そうですか?」 お前は何を言ってるんだという顔で首をかしげる三日。 「…千里くんは腹立たしいまでに優しい人じゃないですか。優しさで世界を狙える人じゃないですか。むしろ神」 「何の世界を狙うのさ…」 「…それに、私のことも助けてくれましたし」 つぶやく様に付け加える三日。 彼女が1年の時、1人迷って途方にくれていた所を、俺が助けたことが俺らの関係の発端である。 いやまぁ、俺も最近忘れかけてた設定だけど。 「でも、言っちゃあれだがよくある話だろ?たまたま、俺がそのとき声かけただけで」 「…そこです」 ググ、と手を握り、三日は語りだす 「…当時、お兄ちゃんもいなくなり、人見知りで校内の知り合いも碌にいなかった私にとって、御神くんの存在がどれほど救いになったか…」 舞台役者もかくや、という大げさな身振りで語る三日。 「三日、みんな見てるみんな見てる」 「…良いじゃないですか、千里くんが完璧なのは事実なんですから」 陶酔さえ感じさせる様子で語る三日。 うわぁ、目がマジだ。 1人の人間に対してよくもまぁここまでカッとんだことを言えるもんである。 117 :ヤンデレの娘さん 脅迫の巻 ◆DSlAqf.vqc :2010/11/01(月) 01 07 31 ID wJ+H+9ca 「なんつーか…、三日がその内近いうちに悪い男に引っかかって、ボロボロにされてポイされそうで怖くなってくるわ…」 「…え、そんな日は来ないですよ?」 俺の言葉にキョトンとした目をする三日。 いや、そういうところが怖いんだけど。 「…千里くんは私をアクセサリのように扱ったうえ、好きなだけエッチした上に都合が悪くなったら捨てて高跳びしたりしないでしょう?」 「だからなんで無駄に具体的かな!?」 「…大丈夫ですよ、そんな日は来ませんから。……千里くんが私の隣にいる限り」 「確かにそうなんだけれども!」 うわぁ、愛が重い。 多分、本来の意味でなく愛が重い! 愛が負担という意味でなく、妙な責任感が生まれる重さだ! いや、これは愛が重いというか、むしろ… 「あ、分かった」 妙に納得して、俺は言う。 まじまじと三日の顔を見つめながら。 「…そ、そんなに見ないで下さい。…濡れます」 「そこは大人しく照れときなよ」 そういうキャラでもなかろうに。 「そうじゃなくて、俺が思いつく限り最大の弱みがあったのに気が付いてね」 「おお!」 期待に満ち溢れた目でこちらを見る三日。 「…やっぱり、出生の秘密!?失われた記憶!?それとも世界が滅びるような極秘情報とかですか!」 「いや、どこのライトノベルの主人公だよ。それにこの弱み、できたの割と最近だし」 「…最近の弱み?もしかして、私も知っていることですか?」 「そう」 不思議そうな顔をする三日を指差し、俺は言った。 俺の唯一最大の弱みを、その原因に向かって。 「惚れた弱み」 その言葉を聞いた三日が顔をトマトのように赤くして……それを見た俺も自分の言ったことの恥ずかしさに悶絶したのはまた別の話。 118 :ヤンデレの娘さん 脅迫の巻 ◆DSlAqf.vqc :2010/11/01(月) 01 08 11 ID wJ+H+9ca おまけ とある過去の一幕 「好きな人に見つめられたら…濡れます」 今から数年前、ある日の緋月家の居間で緋月二日が堂々とそんなことを言った。 「…濡れる、ですか?」 「ええ、そうですよ…。主に下半身が…」 きょとんとした顔の、髪を童女のようにおかっぱに切りそろえた妹の三日に対して、二日がまるで当然のことのように語る。 「いや、それは貴様だけだからな、無知蒙昧にして愚かなる上の妹よ」 読んでいた本から顔を上げ、まるで舞台役者のような口調で突っ込みを入れるのは、彼女らの兄である緋月一日。 一挙一動が独特というか非日常的というかナルシストっぽいというかはっきり言って胡散臭い。 妹たちが和服姿なのに対して、一日は1人だけ洋服なので更に無駄に浮いていた。 「…え、濡れないのですか、お兄ちゃん?」 「そこは心がときめくところだ、下の妹よ」 妹に対して、詩集を片手にやれやれ、と大仰な動作で言う一日。 舞台の上なら息をのむ動作であったが、生憎ここは一般家庭のリビングである。 「そんな台詞がでるのは、貴方がまだ恋をしたことが無いからでしょう…?不感性の愚兄さん…?」 「…貴様にさん付けで呼ばれると、下半身でなく頭に血が昇るのは何でだろうな…?」 二日の言葉に、形の良い眉をひくつかせる一日。 一触即発の空気にオロオロとする三日。 「ああ、大丈夫だ、かわいい下の妹。これは単なる日常会話。僕がこんな愚物相手に本気で怒るはず無いだろう?」 「ええ、大丈夫ですよ三日…。これは単なる日常会話…。私がこの愚兄に対して刀を抜く筈も無いでしょう…?」 ほぼ同時に言う一日と二日。 仲が良いのか悪いのか。 「とにかく…、意中の殿方に見つめられると濡れる…。これは、大宇宙の真理なのです…」 「真理とは大きく出たな、この変態が」 「黙りなさい、この汚物…」 茶々を入れる一日に対して、射殺さんばかりの勢いで睨みつける二日。 「とにかく…」 と、改めて三日のほうに目を向けて二日は言う。 「三日も、恋をすれば分かることでしょう…。というか分かりなさい…」 「…わ、分かりましたです、お姉様」 無表情にも関わらず威圧的な視線を向けられた三日が敬礼とともに答える。 「…こうして、日々洗脳が行われていくわけだね…」 「何か言いましたか、愚兄…?」 「Nothing,my Lord(何も?)」 二日に目を向けることなく、一日はすっとぼけるのであった。 これが、緋月家の日常会話。 その頃の緋月家の姿。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2471.html
873 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 42 14 ID 6bJj/6Gg 「俺達は、ほんの少しだけ絆を深めたんだよ」 なんてクサい台詞をドヤ顔で言った、(ついでに「似合わねー!」「格好付け過ぎ」というブーイングをゼロコンマ1秒で受けた)その日の放課後。 「よぉ」 俺と三日は聞き慣れた相手に声をかけられた。 中性的、というより今となっては凛々しいと表現するべき面立ち。 中学時代と比べるまでもなく、女性として限りなく理想に近い、しなやかな猫を思わせるプロポーション。 その全てを台無しにするシニカルな笑み。 しかし、今この瞬間には、その釣り目に剣呑な表情を湛えた彼女―――天野三九夜(アマノサクヤ)。 「やー、天野。何か用?」 俺はいつも通り、片手を挙げて応じる。 「『何か用』、ね。フン」 俺の言葉を皮肉っぽく返す天野。 「まるでオレちゃんを怒らせたことなんて無かったような言い草じゃぁねーか」 「いや、怒らせた覚えは無いんだけど、なぁ?」 俺は困惑して、三日と目を見合わせた。 「オイオイ。オイオイオイ。見た目だけは品行方正なお前がいきなり無断欠席で、そのオチがデートだっつーんだぜ?コレを怒らずにナニを怒れってぇんだよ。なぁ、キロト」 「キロト言うな、天野(アマノ)ジャクが」 それは、俺の嫌いな仇名だった。 いわゆる1つの黒歴史。 いつも通りを装いながらも、怒りオーラ全開の天野さん。 「ま、良い機会だ。オレちゃんを怒らせるってのはどーゆーコトか。改めてその身に刻みつけてやりに来てやったぜ。ありがたく思え」 「……それは」 危険、では無いだろうか、と言いかけた。 と、言うのも、俺は一度天野に八つ当たり気味にブチキレられて笑えない目に会っているからだ。 あまりに笑いごとで無いので、世間的には無かったことになってはいるが。 「大丈夫だ。オレちゃんが直接手ぇ下すンじゃねーよ。着いてきな」 そう言って俺を促す天野。 「いやだ、と言ったら?」 「もちっと酷い目に会うだけだ。特に、横のちっこいお嬢ちゃんがな」 そう言って、天野は凶悪な笑みを浮かべた。 それでは着いて来ない訳にはいかない。 874 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 42 49 ID 6bJj/6Gg 「さーあ、着いたぜ」 連れてこられたのは剣道場だった。 クラブ活動の無い日なので、中はガランとしており、奇麗に掃除された板張りの床が良く目立つ。 さらに言えば、1人、防具を身につけて道場の真ん中に立つ学生の姿も。 恐らくは、1年生だろうか。 高校生としては小柄な方で、中学生と言われても納得してしまうかもしれない。 細身ながら、防具の上からも、適度な筋肉が着いていることが伺える。 面を被っているので断言は出来ないが、恐らくは男子だろう。 「彼は?」 「ああ、後で紹介するよ。ま、強いて言うなら剣道部のスーパールーキーなスーパーエースってトコロだ」 どうでもいいが、『スーパー』ほど二つ並びでこれほど頭の悪く感じる言葉は無いのではなかろうか。 「それよりもホレ、奥の更衣室でちゃっちゃと着替えて来なよ。胴着は用意してあるからよ」 と、当たり前のように指差す天野。 「着替える、って何でさ?」 「キロト、手前まさか制服でウチのスーパールーキーとやりあう気か?」 だから、キロト言うな。 「確かに、制服じゃ動きづらいけどさ・・・・・・」 「なら良いだろ?嫁さんにはオレが着方教えるから」 「・・・嫁さん、ですか」 天野の言葉を顔を赤らめて反芻する三日。 ヤバい、普通に可愛い。 「だーから、ちゃっちゃと着替えてきな。どの道、地獄を見るのには変わりないからよ」 そう言ってわらう天野の顔は、俺の腑抜けた感想を吹き飛ばすには十分すぎるほど凶悪だった。 875 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 44 22 ID 6bJj/6Gg 「つーワケで、ヤロウ共。罰ゲームのルールを発表しまーす」 胴着に着替えた天野が宣言した。 「罰『ゲーム』なのか?」 「・・・・・・」 「うるせーぞ、ヤロウ共」 ちなみに、防具と竹刀を身に着けてるのは男子のみで、天野と三日は胴着のみ。 ショートヘアの天野が身に着けた胴着は、彼女の宝塚的な凛々しさを強調させ、黒髪ロングの三日には和装が良く似合うことが再確認される。 ウン、やっぱり和服には黒髪ロングだよね。 じゃ、なくて。 「ルールは何でもあり(バーリトゥード)。とにもかくにも、暴力行為で相手を『参った』と言わせれば勝ち。以上!」 「負けたら?」 「オレの言うことを1つ聞いてもらう」 酷いルールだった。 「質問は他に無いな。それじゃあ、はじめ!」 有無を言わさず宣言した天野の声に、俺はためらうことなく――――相手の顔面に向かって脚を跳ね上げた! 「・・・剣道じゃない!?」 「言ったろ、バーリトゥードって」 後ろで三日と天野が話しているが、それに答えるつもりは無い。 天野が何を考えているのかは知らないが、少なくとも長引かせても仕方が無い。 不意打ちであろうが掟破りであろうが、速攻で決めさせてもらう! しかし、 「そう上手くはいきゃぁ、オレちゃんを差し置いてエースなんて呼ばれちゃいねーさ」 天野の言葉通り、俺の蹴りは彼の両手に持った竹刀で受け止められていた。 「!?」 「せいや!」 それでも、少年は俺の蹴りの勢いを殺しきれない―――が、その勢いを逆に利用して鋭い脚払いをかける。 「うお!?」 丁度片足立ちになったところに、モロに入る一撃に、俺は板張りの床の上へ無様にたたき付けられる。 「ハイィ!」 倒れこんだところに、竹刀が飛び込んでくる。 避けるか―――いや。 「うおら!」 床の上から跳ね起きると同時に、掌打を伸ばす。 交錯する拳と竹刀。 俺は竹刀を起きると同時に避け―――相手は拳を頭を逸らして避ける。 「!?」 「っしゃぁ!」 少年は避けると同時に正拳突きを放つ。 「ク!」 俺はその鋭い拳をいなすと同時に拳打を打とうとするが、逆に顔面へ裏拳を連打される。 何が『剣道部の』スーパーエースだ。 確実に剣道の動きではないだろうが! 「・・・・・・ゥエイっ!」 俺が驚愕している間に、相手は身体を沈め、腹部に突き上げるような掌打を見舞う。 胃の中のものが逆流しそうな感覚。 『感じても思っても考えても仕方がないものがあるなら―――全て無視してしまえば良い。そしたら、何も無かったのと同じになる』 瞬間、昔聞いたある言葉が思い出された。 九重、お前はいつだって正しいな、残酷なまでに。 俺はその痛みを堪え、否、無視し、体制を立て直すと、彼の掌打を竹刀を抑えようと振るった。 少年は片手を制されてもひるむことなくもう片方の手に持った竹刀で、俺の鳩尾に鋭い突きを見舞う! 同時に、封じられた方の手を振りほどいた少年は、俺に向かって反撃の暇も与えることなく、突き上げるような掌打を次々に見舞う。 190cm代の俺とは身長差があるため、少年の攻撃はどうしても突き上げるような軌道を描かざるを得ない。 彼自身、俺のような相手との戦いは慣れてもいないだろう。 しかし、それでも彼が繰り出すのは、一切の無駄のない、鋭くまっすぐな攻撃だった。 「・・・強い」 「オレらには負けるがな。まぁ、アイツもガキんちょの頃から剣道やってたらしいしなー」 「・・・でも、あの動き・・・・・・」 「あー、アイツ前の部長経由で良い先生を紹介してもらったかんな。その人との稽古で剣道の腕も一気に上がったけど、あーゆーいらないモンも一気に身に着けて帰ってきやがった」 「・・・誰ですか、そのいらんことしいな先生は」 「アンタの姉さん」 背景でずっこける音。 876 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 46 13 ID 6bJj/6Gg 「・・・お姉様!?二日お姉様ですか!?私の知らないところで何やったんですかあの人って言うか私聞いてないです!!」 「あー、あの人も大概にしてシャイだからなぁ。何でも、前部長と一緒に市の体育館レンタルしてこっそりやったとかって聞いてるぜ。オレも詳しくは知らんけど」 「・・・剣道部に剣道以外のことを教えて、何考えてるんですか・・・・・・」 とどのつまり、この少年の動きは劣化二日さんということか。 二日さんの戦いを直接見たことは無いが、少なくとも金持ちの家のSPを倒してしまうほどの腕前だ。 その弟子だと言うのなら、なるほど確かに強いはずだ。 俺は素早い掌打を避け様に、その隙をねらい打たんと手足を大きく振るい、勢いのある突きや蹴りを繰り出そうとする。 しかし、そのことごとくを避けられ、いなされ、同時に瞬時にカウンターを決められる。 俺は、それに対して思いつく限りの返し技を相手に打ち込もうとする。 攻防は、いつしかカウンター合戦の組み手のような様相を呈していた。 「おーおー、立つねぇ立つねぇ頑張るねぇ」 「・・・千里くん」 「あのバカが逃げないのは、アンタを守るためかい。・・・・・・いや、違うな」 半ば1人ごちるように、天野が言う。 「単に嫁さんを守りたいなら、オレをボコせば良いだけの話だ。それをしないで、こうしてアイツにボコられ痛い思いをしてるのは、オレに対する義理立てのつもりか、謝罪のつもりか・・・・・・。アイツも大概にしてイカれてやがる」 「・・・見透かした風なことを言うんですね」 「そうかい?フツーに素直な感想のつもりなンだがな。一応は長らくアンタのダンナさんのダチをやらしてもらってっし。相応にアイツのことは理解しているつもりさ」 「・・・」 「アイツは狡い手管を使えない不器用者だよ。だから、荒事に巻き込まれたり、手前も暴力を使わなくちゃいけない場面に巻き込まれ易い」 「・・・それは、知ってます」 「だろうな。だから、相応に場慣れしてるし、そこそこ強い。けれども、同時に相手を傷つけたくないって思いも強い」 まったく、本当に見透かしたことを言う。 俺はこれみよがしなフックを放つそぶりを見せる。 それをフェイントに、もっと大振りな踵落しのモーションに入る。 大きく、重い袴を身に着けているが、それだけに見た目が派手に、威圧的になるはずだ。 心の方が折れてくれれば、体が軽傷のまま、この三文芝居を終えられる。 「でも、どーなんだろうねぇ。どーも代わりに自分が身体を張れば、自分が苦労すればそれで良いと思ってるフシがありやがる」 脚を振り下ろす前に、少年は俺に身体を密着、俺がそれを認識した瞬間にはエルボーを見舞っていた。 防具の無い所に叩き込まれた、強烈な一撃。 「それは、確かに時として『誰かのため』ってぇでっかいモチベーションになる。それをオレは否定しない。ソレに助けられたクチだからな。けれども、どうなんだろうねぇ」 グラリ、と体制を崩し、俺は崩れ落ちた。 竹刀を無理やりに掴み、立ち上がろうとする。 「・・・何が、言いたいんですか?」 「ンな自己犠牲を、アイツはどう感じてんのか。・・・・・・や、違うわ」 荒い息を吐き出しながら、痛みをシカトし、疲れを無視し、立ち上がる。 「傍目から見たら、ドンだけ痛々しいか分かってンのかねぇ」 「・・・」 「アンタはどー思う?嫁さん?」 天野の言葉に、三日は答えることは無かった。 877 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 46 32 ID 6bJj/6Gg その前に、少年が宣言したからだ。 「参りました」 と。 「参った参った参りましたよ!こんだけやられりゃぁ、尊敬する御神先輩がどんだけのお人なのか痛いくらいに分かりました!罰当番だろうが何だろうが、俺に好きなだけ言いつけてくださいよ、先輩」 フルフルと首を振り、少年が言う。 「おや、フルボッコにしなくて良いのかい」 「人をドSみたいに言わないでください。俺はこれでも、目の前に死にそうな人がいたら自然と助ける程度には平和主義者なんですから」 「そのネタは真性のシリアルキラーでないと笑えないジョークだな」 「どこが冗談ですか!とにかく、この勝負俺は降りますからね!」 と、竹刀を振る少年。 白旗を振っているつもりなのだろうか。 「まったく、天野先輩も人が悪いにもほどがありますよ。俺に御神先輩を紹介する条件として、その御神先輩相手にこんなイジメみたいなことを持ちかけるなんて」 不満もあらわに、天野へと詰め寄る少年。 「いや、まー・・・・・・。俺も俺で引き受けた側だしー」 立ち膝のまま、俺は少年をなだめていた。 「いや、先輩はむしろ怒って良い側ですよ!」 「そーだぜ、神の字。ソコはコイツに味方するルートだ」 少年の言葉に、からかうように天野(アマノ)ジャクは笑った。 「天野先輩が言わないでください!」 「まぁ、そー怒るな。約束どおり紹介してやっからよ」 すっかり頭に血がのぼっている少年をからかい混じりにいなす天野。 見事なまでに相手の扱いを心得ているようだった。 「ほんじゃまー、改めて。コイツが我が夜照学園高等部の剣道部1年きっての期待の新人、超人エース、宇宙のエース・・・・・・」 「弐情寺カケル、です」 そう言って少年―――弐情寺カケルは、面を外し、少年らしさの残る素顔を晒した。 878 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 48 27 ID 6bJj/6Gg 「ええっと、弐情寺くん、で良いのかな?」 「あ、俺のことはカケルで良いです。敬愛する御神先輩のことは天野先輩から常々聞き及んでおりました」 弐情寺くんは、ハキハキした少年だった。 まっすぐな瞳で、こちらを見上げている。 容貌としては悪くない部類で、素直そうな印象を見るにそれ相応に女子からの人気はありそうな気がする。 少なくとも、俺個人としては好感の持てる人柄が感じられた。 そんな男の子が、どうして俺のことをキラキラした眼で見つめているのかは、多分に困惑するところではありますが。 「・・・弐情寺くん、そんなに千里くんを見つめないでください。・・・千里くんが引いているのが分からないんですか」 「すみません、敬服する御神先輩の恋人さんであるところの緋月三日先輩」 心持ちトゲのある三日の言葉に、シュンとする弐情寺くん。 裏表の無い性格なのだろう、表情の変化が非常に分かり易い。 「いや、まぁ引いてやしないけどさ」 と、三日をなだめつつ、俺は弐情寺くんをフォロー。 俺と三日は、勝負の後に弐情寺くんと天野に説明を求めていた。 先ほどから、場所は変わらず剣道場。 顔の汗はタオルでふき取ったとはいえ、冬の冷たい空気が、苛烈な殴り合いで火照った身体を冷やす。 ただし、俺たち4人は全員制服に着替え、円になって座っている。 俺と天野が胡坐で、三日と弐情寺くんは正座だった。 三日の正座はごく自然な仕草ながら、純和風の容貌に相応しく、美しい姿勢だった。 随分と手馴れた仕草で座ったので、ひょっとしたら何かしら正座をすることの多いお稽古事でも習っていたのかもしれない。 「それにしても、何でまたこんな勝負を?天野から俺を紹介してもらう条件に―――とか言ってたけど」 「はい。俺は天野先輩や他の方々から、御神先輩の評判を聞くたびに、憧れの念を強め、遂にはお会いしたいと思っていました」 熱烈にと言った調子で、弐情寺くんは語りだした。 「ねぇ、天野ジャク。このコに俺のこと何て言ってたのさ」 「そりゃぁ、千キロト。事実を事実のまま、ありのままに話しただけだぜ?もちろん、隠すところは隠して。つか、天野ジャク言うなや」 ヒソヒソと話す俺と天野。 「しかしながら、どうにも間が悪く、先輩とお会いする機会を得られないままでした」 「コイツがオレに、キロトに会いたい、って言い出したのは今年の夏休み明けだったからな」 夏が明けてから、というのは思いのほか最近だったので意外だったが、同時に納得した。 その上、ここの所明石と葉山関連の一件にかかづらっていたから、弐情寺くんと会う余裕なんて無かったからだ。 今思うと、その辺りのことを、意外と空気の読める天野は敏感に感じてくれていたように思える。 空気の読める部長だけに、見事なエアリーダーである。 「・・・・・・オイ、それあんまし上手くねーぜ、キロト」 「・・・・・・人の心を読むな、天野ジャク」 俺らがバカ言ってる間にも、弐情寺くんは熱の入った口調で話を続ける。 「それで本日、天野先輩にお願いしてみたところ『オーケー分かった。条件として、あのでくの棒と勝負してやれ。イヤだと言うなよ?部長命令だかんな分かったか!?』とすごいイイ笑顔で言われまして」 「閻魔の笑顔の間違いじゃ無い?」 「オレのような聖人君子を捕まえて何言いやがる」 「天野先輩も、普段はこんなじゃ無いんですけどね。スパルタンですけど」 天野の酷さはさておき、話としては分かった。 「んで、天野ジャクはどうしてこんな茶番をマッチメークしたわけさ」 「・・・そうです。・・・大した怪我こそ増えなかったものの、千里くんが痛そうにしているじゃないですか」 そう言って、俺たちは天野の方に目をやった。 「その前に、忘れちゃいないだろうな。勝負のルール」 「まーね」 ルール、負けた方は天野の言うことを1つだけ聞く。 「もっと自分を大事にしやがれ」 そう命令する―――否、懇願する天野の顔は、いつになく真面目だった。 「オレはいつだって真面目だ」 「人の心を読むな・・・・・・って言うのはともかく、どうしたのさ、いきなり」 正直、怒っているものとばかり思っていたのだが。 879 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 49 07 ID 6bJj/6Gg 「あー、ブチ切れてたさ。さんざっぱら心配かけといて、『学校サボって旅行行ってました』なんていう手前に、今朝まではな。ただ、それをゼンの奴にブチ撒けたら、さ」 ゼン、千堂善人。天野の一番大切な恋人。 「アイツ、『外見に似合わず真面目っ子してる御神がそんなことするとは思えないけど?僕たちのときみたいに、誰かのために奔走してたのが丸分かりじゃないか。ホント、嘘吐くの下手だよね、キロトくんも』って言ってさ」 カップル揃って、人の心を読みきったようなことを言う。 「そしたら、別の意味でむかっ腹が立ってきた。何で、オレらに何も言わずにそんな無茶をするのか、そんなにオレらが頼りないのか、ってな」 「いやいや、嘘なんて吐いて無いよ。ホラ、バイクの免許だってこの通り」 と、俺は財布の中から免許証を取りだした。 「って、発行年が去年になってますけど」 「とっくの昔にゲットってるなら、エキサイトして学校サボる理由には、薄いわな」 「……」 自分で自分の首を絞めていた。 「別にナニを隠そうが知ったこっちゃねーがよ。ンなにオレらが頼りねーか?」 「そんなつもりは・・・・・・」 無かった、と言っても説得力は無いだろうなぁ。 実際、先の一件で天野を頼ったことは無かったわけだし。 「今日はその意趣返しを兼ねて、って奴さ。コレでチャラにしてやるよ、今回『だけ』はな」 そう言って、天野は立ち上がった。 「天野?」 「言っただろ、『兼ねて』って。本命は後輩に憧れの先輩と好きなだけ話させてやることの方。用事の終わったお邪魔虫は、一足お先に帰らせてもらうぜ」 そう言って、出口へと天野。 「じゃーな、お前ら。あ、弐情寺、帰りに道場に鍵かけて帰れよー」 そう言って悠々と見せる天野の背中を見て、俺は、俺の周りにはかなわない人が多すぎると思わずにはいられなかった。 「ィよぉ、色男」 剣道場を出た天野三九夜は、校門の前で待っていた相手にそう声をかけた。 「やぁ、美人さん」 それに対して相手、千堂善人は慣れた調子でそう返した。 善人は、心身共に幼さのあった中学時代と比べ、かなりの程度精悍な印象が強くなっていた。 御神千里ならば「男前が増した」と手放しに褒めることだろう。 「寒空の下、態々待っていてくれるとは、よほどオレちゃんのことを気にしていてくれたのかい?嬉しいねぇ」 「気にもなるさ。三九夜(サク)のような美女が、密室に男2人を連れ込むんだからさ」 「妬いてるのかい?益々もって嬉しい限りだぜ。ムカシなら考えられなかったからねぇ」 慣れたやり取りなのか、心底愉快そうに笑う天野。 「よしてくれよ、昔の話は。一応、反省してるんだし」 と、子供のようにすねた表情を作る千堂。 「ハハ。悪い悪い。まぁ、ナニも無かったのは言うまでもねーがな。女のコも一人いたしよ」 「と、女の子と言えば」 天野の言葉に、何かを思い出した様子の千堂。 「何だ、オレちゃん以外の女郎に目移りか?」 「そ、そうじゃなくて・・・・・・」 一気に殺気を帯びた天野の視線に気圧されながらも、言葉を続ける千堂。 「さっき、剣道場の方から、見慣れない女の子が出てくるのが見えて、さ。それで」 「見慣れない女?黒髪ロングのクリっとした目のちっこいコじゃなくてか?」 怪訝そうな顔をして、取りあえずは三日の特徴を伝える天野。 「違う違う。そんな背は低くなくて、いや高くも無かったかな・・・・・・ちょっと覚えてないけど」 「どっちなんだよ」 「何だか、印象に残りづらいって言うか、特徴らしい特徴が思い出しづらくて」 「いや、自分から話題振っといて・・・・・・」 ツッコミを入れながらも、剣道部部長としても先を促す天野。 「うーん。強いて言えば、長い髪に、糸目の、どこかとらえどころの無い狐みたいな娘だったかなぁ」 880 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 53 36 ID 6bJj/6Gg その後、俺と弐情寺くんは、三日を交えて帰り道に安めのファストフード店に寄り道して、長々と話し込んだ。 半分は、俺の過去の行いをぼかしぼかしの紹介で、俺を英雄のように持ち上げようとする弐情寺くんには苦笑せずにはいられなかった。 三日までそれに乗っかるので(『・・・天空から私を助けに現れた千里くんは、天使よりも美しかったです』だの)、俺はブレーキをかけるのでやっとだった。 もう半分は、『人を助ける』ということについて。 と、言うか、高校生男子らしい正義論。 推理小説の名探偵を例に出した弐情寺くんの持論は、中々興味深く、同時に彼の存外思慮深く洞察力のある、それこそ名探偵のような一面を垣間見て、話は思いのほか白熱した。 「とどのつまり」 と、俺は考えを整理しつつ、柔らかに言った。 「人を助けるという行為を選んだ瞬間に、その人は当事者の側になっちゃってるんだと思うなー。あくまで、その人も助けられる側と同様当事者として動いただけで、その間に上下関係は無いんだと思う」 コーラを片手に、俺は言う。 「助ける側がすごいとか、えらいとか、そんなことは無くてさ」 「けれども」 と、弐情寺くんは食い入るように反論した。 俺を尊敬していると言いつつ、その意見に唯々諾々と従わない姿勢には、むしろ好感が持てた。 素直で芯が強い、と言うある種の矛盾を両立させた彼の性格は、ある意味非常に少年漫画的な主人公向きだと内心感服せずにはいられない。 「『助けた』『助けられた』という関係性が成立してしまってることは事実じゃないですか?いや、まぁ、そこに恩義を感じるかどうかは人それぞれですけど。助けた側が英雄的ヒーロー的で強力なポジショニングになったのは確かなわけで・・・・・・」 うーん、と唸る弐情寺くん。 彼の中でも、考えが纏まりきっていないようだ。 「・・・私なら」 と、考え始めた弐情寺くんの間をもたせるように、ジュースの入った紙コップを置いて三日が言った。 「『助ける』という行為の前に、誰を助けるのかを選ぶところから始めると思います。・・・その人が困っているから、とかじゃなくて、その人が私にとってどんな人なのか・・・力になりたい、と思える人なのか、とか」 「大事なのは誰を助けるのか、誰を助けたいのか、ですか」 「ある種、とても人間らしい回答だね。最適解の1つとも言える」 この辺りは、つい昨日まで親友がトラブルを抱えていた三日自身の経験を踏まえた上なのだろう。 「さっきまでの、御神先輩のお話じゃ無いですけど、ヒーロー的に鮮やかに誰かを助けるってのは「カッケェ!」と思うんですけど、同時になんかやらしさを感じると言うか・・・・・・」 「力を見せ付けてるみたいに、ってコトー?」 俺の言葉に、迷いながらも頷く弐情寺くん。 881 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 54 11 ID 6bJj/6Gg 「・・・最初の『ウルトラマン』でもありましたよね。・・・ウルトラマンや特捜隊が、正義の名の下に弱者を虐げてるんじゃないか、みたいな」 「ジャミラ回か」 若い子には分かりづらいたとえを出せる三日だった。 初代ウルトラマンとか、普通若い子は映画でしか知らないんじゃないだろうか。 「もし、そこらへん勘違いしてるなら、俺の持論を言わせてもらうけど。その助ける奴の凄さとか優れているとか、そう言うのって大したイミ無いと思うんだよね」 三日にならって、俺も自分の経験を踏まえて、言わせてもらうことにした。 「意味、ですか?」 「そう。正直、格好良いだの悪いだの、強いだの弱いだの、頭良いだの悪いだの、機転が利くだの利かないだの、優れているだの劣っているだの、勝つだの負けるだのなんて、俺にとってはくだらねーカスでしか無いんだよ」 「・・・・・・カス、って、それは・・・・・・」 「だって、格好良いだの悪いだの、強いだの弱いだの、頭良いだの悪いだの、機転が利くだの利かないだの、優れているだの劣っているだの、勝っているだの負けてるだので、人の心は振るわせられやしないんだからさ」 「・・・・・・」 「そんなモンで、人は恋に落ちてくれない」 そう、実際俺がどれだけ格好をつけても、どれだけ強くあろうとしても、どれだけ賢くあろうとしても、どれだけ機転を働かせようとしても、どれだけ優れていようとしても、どれだけ勝とうとしていても、そしてどれだけ助けても――― 彼女は俺に「好きだ」と言ってくれたことは一度としてなかった。 彼女は、九重カナエは。 「だから、助けるだの助けないだの、目に見える分かり易いところじゃなくて、それが周りの人の心にどう響くかが大事―――なんて、俺も偉そうなことを言えるほどの者じゃあ無いけどさ。ゴメンね、下らないこと上から言って」 そう、俺は、にへらと笑って自論を笑い飛ばした。 「・・・・・・いえ、大変参考になりました」 しかし、弐情寺くんは深々と頷いていた。 「正直、白状すると、俺旅先で女の子をちょっと助けたことがあったんです」 「いかにもロマンスに発展しそうな話だね」 「正直、俺もちょっとそう言うの期待してました。そこまではいかなくても、彼女を助けたことを、誇り、驕っていました」 自らの行為をはっきりと卑下する弐情寺くん。 「ま、結局その後イイ雰囲気になるどころか、連絡1つもらえませんでしたけどね!まぁ、アレですよね。俺の行いが、俺が思ってたよか、あの女の子の心に響かなかったってことなんでしょうねー。ハハッ!」 そう言って、空しくわらう彼の姿に、昔の俺が重なった。 ひょっとしたら、彼が助けたのは、九重カナエ、のような女の子だったのかもしれない。 882 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 54 49 ID 6bJj/6Gg 「先輩がた。今日は、貴重なお時間を取らせていただき、ありがとうございました!」 「いやいや、俺らも丁度暇だったしー」 「・・・あなたが千里くんに手を出す同性愛者で無いことが分かっただけ、この時間は貴重でした」 そう言って、俺たちと弐情寺くんは別れた。 「しっかし、『助けること』ねぇ。ヒーローオタクとしては、中々感じ入るものがあったなぁ」 三日と2人、自宅のマンションのエレベーターの中で、俺は誰にともなく言った。 「・・・ヒーロー、と言うよりは千里くんそのものだったようにも思えますけれど」 「それはアレだよ。俺が子供の頃に夢見た正義のヒーローをロールモデルにして生きているからじゃない?まぁ、ロールモデルというより、劣化コピーと言った方がいいだろうけど」 「・・・いいえ、千里くんは、十分ヒーローです。・・・ただ1つを除いて」 俺の方をまっすぐに見上げ、三日が言った。 「ただ・・・1つ?」 「・・・心があることです。作り事の登場人物と違って」 まっすぐにこちらを見る三日の本心は読めない。 いや、本当に読めないのは・・・・・・・ 「・・・千里くんは、何度と無く私を助けてくださいました。・・・けれども、その行為は千里くん自身の心には・・・どのように響いたのでしょうか」 「・・・・・・俺の、心に?」 「・・・千里くんは、どうして私を助けてくれるんですか?守ってくれるんですか?・・・優しく、してくれるんですか?」 「それ、は・・・・・・」 質問ニ答エヨ 密室の中、黒く淀んだ彼女の瞳がそう言っているように見えた。 「・・・私は、千里くんが好きです。・・・何度もそう言ってきたつもりですし、その言葉に千の偽りも万の嘘も1つたりともありません」 エレベーターの密室、逃げようの無い状況でこんな風に切り込んだ、三日のある種の引きの良さに戦慄せずにはいられない。 「・・・けれども、千里くんは・・・どう・・・なんですか?」 本人は狙っていないのに、俺が勝手に追い詰められる! 「・・・一度も、私に言ってくれたこと無かったですよね」 静かな声音の中にも、強い響きがある。 「・・・私を助けることが苦・・・ではないと、私を守ることを厭う・・・ていないと、私に優しくすることは気持ち悪い・・・わけでは無いと」 答えることを強要するような、強力な響きが。 「・・・私のことが・・・好きだと」 と、そこで唐突にエレベーターの扉が開いた。 予兆も伏線も何もかも吹き飛ばして。 まるで不意打ちのように。 扉の先には、人がいた。 1人の女の子が。 見慣れた相手、と言うと語弊があるだろう。 けれども、一度たりとも、一瞬たりとも、忘れたことの無い相手。 その彼女に、俺の眼は自然と吸い寄せられる。 「・・・・・・九重」 三日に問い詰められる以上の戦慄を覚えながらも、俺は彼女の名前を口にしていた。 「九重・・・・・・かなえ」 それに対して、目の前の少女は、以前と変わらぬ、狐のような笑顔で、 「やぁ、久しぶりだね、千里」 と、まるで何の感慨も無いかのように、当たり前に言ったのだった。 おまけ 夜照学園学内施設解説 ・各種武道場/剣道場 本校は進学校ではありますが、部活動も盛んです。 その為、体育館に隣には、この剣道場をはじめとする武道場や各種スポーツのコートが設けられています。 十分なスペースに板張りの床(柔道場を除く)、各道場には男女の更衣室・空調設備も完備されています。 体育の選択授業に使われることも多々あるこれらの道場ですが、その維持・管理には学生たちによる自主的な清掃・維持が不可欠です。 今日も、彼らが自らピカピカに磨いた道場で稽古する声が校内に響きます。 生徒からの声 「掃除が生徒主体だから汚い部の道場はドキータねぇンどってるのはベツにどーでも良いんだけどよ、補修やら何やらそれ以外の全部部費でまかなえってのはどうにかなりませんかねぇ?おかげで毎年、各部で部費の取り合いが鬼のよ(以下検閲削除)」 (夜照学園高等部入試案内用広報誌『SATELITE 30』より抜粋)
https://w.atwiki.jp/tsfelysion/pages/49.html
【カードナンバー】:TSS-001 【名称】:ヤンデレ妹 【属性】:変身 【コスト】:1 【TSパワー】:2 【テキスト】:なし 【特徴】:子供 【フレーバー】:「お兄ちゃんは私のものなの、あの女には渡さない!」 【イラストレーター】:??? カードの説明、使用感 1コストでTSパワーを2生み出せるのが利点のサポート 赤を中心にするデッキなら何枚か入れておきたい便利カード。 2ターン目から出して行ける1コストで生み出すパワーが2なので序盤に出せればその後の行動の幅が広がる。 同じパワー2のカードはいくつかあるがコスト面でこのカードが勝る。 『TSS-006 巫女』と『TSS-009 女子中学生』はこのカードより出しやすい0コストで条件を満たせばパワー2になるが、上記二つと違い、条件を満たさなくても素でパワー2である事と効果対象にされやすいコスト0のサポートではない点が利点。 拡張フレーバー 他の女に取られるくらいなら、お兄ちゃんをお姉ちゃんにしてやるんだ―― 楽園ならではの、歪んだ想いだった。
https://w.atwiki.jp/dmseitokai/pages/261.html
《ヤンデレな彼女》 ヤンデレな彼女 VR 闇文明 (1) クリーチャー:人間/デスパペット 12000 T・ブレイカー 自分のターンの終わりに、山札の上から20枚を墓地に置く。 このクリーチャーはタップしてバトルゾーンに置かれる。 オリカ
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2480.html
980 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 37 35 ID 1Tyg1Pd. 中等部三年生が終わるころである。 俺は、空港の広い廊下で、九重かなえと会っていた。 と、言うよりも別れていた。 「キミもまぁ、よく来たものだね。今日出発だ、なんて学校の連中に伝えてなかったのに」 これから、俺達と別れて海外へ転校する飛行機に乗る直前。 そんなタイミングでも、九重はいつも通りの笑顔だった。 「伝えて……欲しかったかも」 内心のざわめきを抑え、俺は言った。 ちなみに、この辺りの諸々は一原先輩調べだ。 あの人には今も昔もかなわない。 「立つ鳥跡を残さず、って言うでしょー?いや、この場合は断つ鳥、かなー?」 「……もう、遅い」 少なくとも、俺の心には彼女の存在がしっかりと刻みつけられていた。 跡が、残るほどに。 「かも、ねー。正直、ココには中途半端に長く居すぎたなー」 いつもの笑顔を崩すことなく九重は言った。 「居てくれて、良かった」 俺は、自分の想いを真っ直ぐに伝えた。 「そうー?」 「……もっと、居て欲しかった」 「……そっかー」 九重は、笑顔のまま視線をそらした。 九重は目を細めているので、その変化は俺にしか分からなかっただろうけれど。 「そう言えば、さ。全然関係ないけど、ボクもキミみたいな夢を見てたことがあるんだー」 「……夢?」 「驚くことないでしょー?ボクとキミは、同類なんだからさー」 同類、それは俺に評してしばしば九重が言ってくれた言葉。 しばしば否定的な文脈で使われるその言葉は、苦しくもあり、それ以上に嬉しかった。 彼女に会うまで、誰かにきちんと向き合ってもらい、必要とされたという感覚が無かったから。 「誰かに向き合ってもらえて、必要とされて、絆を紡ぎ、愛してもらえる。そーゆーヒトと出会うことができる。そんな夢を、見てたことがある」 淡々と、彼女は語る。 その度に、俺の心のざわめきは増していく。 心臓の鼓動が速くなることを、感じる。 「まぁ、その夢が叶わなくもないかなーなんて少しだけ思えたとしたら、ココに長く居た意味もあったのかもしれないねー」 クスクスと笑いながら、冗談めかした口調で九重は言った。 「ねぇ」 俺は胸の奥から言葉を吐き出す。 「その夢は、叶ったの、かな?」 その相手は俺だったのか、と聞けない自分がもどかしい。 「いいや」 俺の言葉に、九重は笑顔を消し、切れ長の形の良い目を見開いて言った。 しっかりと、俺に向かって断言した。 「その夢は、叶わなかったよ。昔も。そして、今この瞬間も」 九重かなえ 俺こと御神千里の、夜照学園中等部所属時代の同級生。 同じく、生徒会役員。 年中、黒の長袖にストッキングという、極端に露出の少ない姿。 年中、糸目の笑顔。これを崩したところは一度しか見たことが無い。 身長は、女子としては低くも無く高くも無く。 髪の長さは背中に届くほどのロングヘア。 どちらかと言えば不健康な印象を受ける色白の肌。 いつでもどこでも、常に突出して目立つことは避けるタイプ。 しかし、一方でその容貌は可愛い系か美人系かと聞かれれば―――間違いなく美人。 それも、そうそういない位の端正な美形。 あまりに整いすぎていて、それが逆に無個性に見えるのが欠点だが、それは彼女自身が自ら進んでそうしている節がある。 もっとも、彼女の内面分析ほど無意味なことは無いのだが。 笑顔のポーカーフェイスの下に隠れた内面を、彼女は決して見せようとはしないのだから。 そんな彼女に、俺は惹かれた訳だけれども。 そんな彼女が、俺に最も近く、最も恋した相手である訳だけれど。 そう、決してかなわぬ想いを向けた相手。 その彼女が、今、こうして、目の前に、いる。 「ここの・・・・・・え?」 「ボク以外のナニに見えるのさー?」 と、驚愕する俺と対照的に、まるでかつてと変わりの無い態度を示す九重。 「どう・・・・・・して」 「何がー?」 何が、と聞かれると答えに窮する。 と、言うより聞きたいことが多すぎて、何から聞いていいのか分からなくなる。 「って言うかさー」 ひょいひょい、と俺の足元を指差して九重は言った。 「いー加減、さ。エレベーターから降りないと、ドア閉まるんじゃない?」 「へ?」 ガシャン、と言う音と共に俺たちが遮られたのはそれとほぼ同時だった。 「ちょ!?ま!?閉まらないで!降ります!降りますから開けて!あけてくれ!」 俺の叫びも空しく(?)エレベーターは自動で設定された通りに1階へと降りていくのだった。 981 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 38 26 ID 1Tyg1Pd. 閑話休題。 「む、無駄に疲れた・・・・・・」 「いやいや、そんなこと言われてもー」 改めて元のフロアに戻ってきたとき、俺は心なしかグッタリしていた。 剣道場での死闘(笑)の疲れも重なり、二重にクるものがある。 いや、フツーに1階からエレベーターで上がりなおしただけなんですけどね? ちなみに、九重は先ほどと同じ位置。 俺が戻るまで態々待っていたのだろうか・・・・・・? 「に、しても九重。いつから日本に?海外にいるって聞いてたけど?」 今度こそエレベーターから降りると、俺は九重に問いかけた。 「そうだよー?昨日まではイギリス、今日からは日本」 つまり、今日着いたばかりらしい。 つまりは、その足で俺の住むマンションまで直行してきてくれた、ということになる。 「そう言う事なら、ケータイにメールくらいくれても良かったのに」 「ああ、ゴメンゴメン。ボク、ケイタイとか持って無いしさー」 ひらひらと手を振りながら言う九重。 以前と全然変わらない仕草だった。 「って言うか、ケイタイとか買ってもらえたんだ」 九重の目に宿る感情は、読めなかった。 これも、以前の通り。 「ああ、高等部進学祝いに、親からね」 「・・・・・・へぇん」 なぜだろう。 どうにも九重とのトークがやり辛い。 久々だからだろうか。 九重は、以前と全く変わっていない筈なのだが。 いや、強いて言えば。 「少し、髪質が悪くなった?」 スッと九重の髪に手を触れて、俺は言った。 「…!?」 隣で三日が息を飲んだことに気付くことなく。 「……んー、そだねー。日付跨いでエコノミークラスに座ってたから、そう見えるかもー」 「ああ、そう言う事か」 俺は海外旅行の経験もほとんど無いし、九重の髪についてはエキスパートとはいかない(精精がプロ)なのだが、彼女がそう言うのならそうなのだろう。 「後で、シャワー借りるねー」 「ああ、構わない」 「・・・」 「ところでー」 つい、と俺の隣に視線を移し(これは九重との会話になれたから見分けられる、彼女の微細な変化だ)九重が言った。 「さっきから隣で、ボクに向かってネツレツな視線を向けている可愛いお嬢さんはどなたさまー?」 「うぉ!?」 隣を見ると、三日が剣呑な雰囲気を纏って、九重に向かって刺すような視線を向けていた。 「参ったなー。ボクは女の子が大好きってワケじゃないんだけどなー」 「別に、お前にはあげない」 三日はモノじゃない、というツッコミはさておき。 「それで、そこのソレはどこのナニ?」 「・・・・・・」 九重の日本語が微妙におかしい気がしたが、そこはスルー。 「コイツは緋月三日。俺と同じ夜照学園高等部の生徒で、学年もクラスも部活も一緒」 「・・・どこでもいっしょ」 恨みがましい声音で面白い合いの手を入れるなよ、三日。 リアクションに困る。 982 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 38 53 ID 1Tyg1Pd. 「なんだ、クラスメートなのか」 「それ以外の何に見える?」 「妹さん」 「俺に兄弟姉妹がいないのは、お前も知ってるだろ?」 「・・・」 俺の発言に、なぜか剣呑なまなざしを向けてくる三日。 「ああ、ゴメンねー。コイツ、女の子を自宅にあげるのが趣味みたいなトコがあるから」 「誤解を招くような発言だな・・・・・・」 「・・・あなたも」 と、その時初めて明確に、三日が九重に向かって問いかけた。 「・・・あなたも千里くんに『自宅にあげて』もらったことがあるのですか?」 三日の問いかけに、九重はすぐには答えなかった。 「千里くん、か」 と、ただ三日の言葉を反芻した。 「・・・どう、なんですか?」 「勿論。中等部にいた頃は、頻繁に招待されたものだよ。家族や恋人と同じくらい、彼の自宅に一緒にいた時間は長かったんじゃないかな」 恋人、という言葉に、三日の拳がささやかに、しかし強く握り締められるのが分かる。 「・・・恋人は」 意図的に感情を押し殺したような声で、三日が言った。 「・・・恋人は、私です」 「……何だって?」 「・・・千里くんの恋人は、私です」 三日の言葉に対して、九重は、 「これは中々、面白いジョークだね」 と、表情を変えずに言った。 ポーカーフェイスな、笑顔のままで。 「・・・冗談ではありませんし、冗談じゃありません」 握りこんだ拳が震えるのが分かる。 「み、三日。落ち着「千里くんは黙ってて!」 驚いた。 三日が、俺の言葉を遮ってまで、ここまで声を荒げるなんて思っても見なかった。 「今年の五月から!千里くんと私はずっとずっとずっと愛し合ってきました!ご自宅に行ったことだって何度も何度もあります!初めてのキスだって捧げたんです!だから・・・・・・」 「今年の五月、ねぇ」 どれだけの激情をぶつけられても、九重に動じる様子は無い。 「それに、キス止まりか。まぁ、らしいと言えばらしいけど」 「ならどうだって言うんです!?」 「コレの中身を、どれだけ理解してるのかな、って言ってるかなー」 「!?」 三日が、猛然と九重に飛び掛ろうとする。 それを、両肩を掴んで辛うじて止める。 「三日!」 「離してください!」 「落ち着け、三日!」 「千里くんどいて!そいつ殺せません!」 この女―――!! 「落ち着けと言っている!!」 俺は、三日に、怒声を浴びせていた。 「・・・・・・こんな天下の往来で、物騒なことをするもんじゃぁ無いってコト。立ち話もなんだし、取りあえず家に戻ろうよ、ね?」 そう、俺は取り繕うように三日に笑いかけた。 ソレに対して、三日は不承不承と言った顔で、頷いた。 983 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 41 21 ID 1Tyg1Pd. かすかに、シャワーの音が聞こえている。 「さっきは、ゴメンね」 三日と九重を我が家に招き入れ、今は九重にシャワーを浴びてもらっていた。 俺と三日は、リビングで背中合わせに座り、九重を待っていた。 何とは無しに取った姿勢だったが、三日の背中の小ささと、彼女の温もりが伝わってきて、ドギマギする。 こんなことを考えてる俺は、相も変わらず――――汚らわしい。 「・・・何が、ですか?」 「大声、出しちゃったコト」 「・・・」 三日の表情は見えない。 「それに、何ていうかさ。俺と九重は、お前が思ってるようなカンジじゃないから。だから、安心して欲しいな」 「・・・それは、聞き及んでいます。…かつて、千里くんがあの女の存在に誑かされていたことが…」 「違う」 そう、俺は三日の言葉を否定した。 「俺はともかく、九重にそう言う意図は全くなかったよ。だから、俺と九重が友達を超える関係になることは、天地が裂けてもありえないよ」 俺は、きっぱりと断言した。 「・・・千里くんにとって」 「うん?」 「・・・千里くんにとって、九重かなえって何なんですか?」 三日の声が背中に響いた。 「似たもの同士。心を通わせた同士。昔、かなわぬ想いを向けた相手。それ以上でも以下でも無いよ」 「・・・」 俺の言葉は、三日にどのように響いたのだろうか。 いや、そもそも、俺という存在が三日の心にどのように響いているのか、俺はきちんと理解しているのだろうか。 「・・・なら、私は?」 「え?」 「・・・私は、千里くんにとってどのような存在なのですか?」 俺にとっての三日、か。 「改めて改まって聞かれると、難しい質問だな」 正直な気持ちを表しつつ、考える。 「俺にとってお前は―――」 その質問に答えきる前に、リビングのドアが開いた。 984 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 41 44 ID 1Tyg1Pd. 「シャワー、終わったよ。型通りに、『良いお湯だったよ、ありがとう』と言っておくべき、かな」 「…他所のお風呂を借りた人間の台詞ですか、それが」 リビングに入ってきた九重に、三日が聞こえるか聞こえないかと言う声で呟いた。 恐らく、と言うよりまず間違いなく九重に伝えるつもりでの言葉なのだろうが。 「どういたしまして、と言わせてもらうよ。型通りになるまでもなく」 「そー」 「折角だから、ウチで食べてく?この後作るつもりなんだけど?」 「…千里くん」 「うん、お願いー」 相も変わらず、感情の動きを見せることなく九重は応じる。 俺にとっては、それが嬉しくもあり、寂しくもある。 久し振りの再会なのだから、もうすこし感動とはいかないまでも、感慨くらいはあっても良いと思うのだが。 もっとも、感謝の1つも見せない女ので、初対面の人間には、無礼で無作法に見えるかもしれない。 「三日」 先ほどから恨みがましい眼をしている三日の頭を、俺はクシャっと撫でた。 「……」 「九重の態度にどうこう思ったって仕方がないよ。コイツはこういう奴だ」 「…千里くんがそう言うなら」 俺の掌の下で答える三日。 ほんの少し頬を膨らませるのが可愛らしい。 「どうでも良いことだけど、女の子の髪をそんな風に触るのは、セクハラと暴力のどちらにあたるのかなー?」 「変なタイミングで水差すなよ……」 「だからー、どうでも良いことじゃないー?」 ……やりづらい。 「ンじゃぁ、これからどうするー?ご飯作る時間まで、3人で何かテレビゲームでもする?」 「や、千里はもう適当に作りはじめちゃってよー」 俺が提案すると、九重はそれをあっさりと却下した。 「…なら、私は千里くんと」 「そんなのはコレに任せなよー、三日さん」 俺に着いてこようとする三日を、やんわりと制する九重。 彼女が三日のことを名字では無く名前で呼んだことに、俺は少なからず驚きを覚えた。 まるで気さくその物で捉えどころの無い九重だが、他人を名前で呼ぶことも、他人に名前を呼ばせることも、俺の知るかぎり許したことが無かった。 勿論、海外で暮らしている中では、名前で呼ばれることは少なからずあっただろうが……。 「キミがいない間に、女の子同士の会話、って奴をしたいと思ってさー」 「でも……」 どうにも、九重の思惑が読めない。 三日が未だにあからさまに九重に心を許していないことに気が着かないほど、彼女は鈍感では無いように記憶しているのだが。 大体にして、この2人を一緒にして、良い予感がしない。 九重が三日のことを名前で呼んでいることが、希望だと言えなくは無いことも無いけれど……。 しかし、 「構わないよねー」 九重はいつもの笑顔でそう言った。 ノー、と言われることを全く想定していない声音で。 俺が九重に逆らおうと考えること自体が無意味だった。 惚れた弱みと言う奴である。 俺は、サクっと米を磨いで炊飯器にセットすると、台所で野菜や調理器具を用意する。 九重には悪いが、夕飯時も近づいてきたので、あまり時間のかからない物にさせてもらおう。 コンソメスープに使う鍋に火をかけ、おかずの野菜炒めに使うタマネギをスライスしながら、俺は深呼吸をした。 正直、今の俺は不安定だ。 九重の顔を見るたびに感情が揺らぐ。 動悸が早くなる。 彼女のために、殉じようと思う。 これは、無視できない事実だった。 オーケー、認めよう。 認めて、受け入れよう。 無為で無意味なことに、俺は九重を未だ憎からず想っている。 彼女を慕い、想い、焦がれている。 手の届かない偶像を見上げ、憧憬の念を抱くように。 けれども――― そこまで俺が感情を整理したところで、金属の倒れる音が聞こえた。 985 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 42 58 ID 1Tyg1Pd. いつも聞きなれた音、千里くんの音。 それが、今日はどこか遠くに聞こえる気がしました。 それは、恐らくこの女のせい。 「?」 女は、きょとんとした風に小首を傾げました。 こう書くと漫画的なようですが、実際はあくまで自然で、あまりにも自然すぎました。 自然すぎて、完成されすぎた仕草。 私は、そんな仕草をする人間が、この世に『2人も』いるとは思えませんでした。 それも、表面だけは千里くんに良く似た笑顔をする人間が。 そう。 男女の違い、顔立ちの違いこそあれ、2人の笑顔は良く似ていました。 2人並んで兄弟姉妹と言われたら、信じてしまいそうなほどに。 それにも関わらず、受ける印象は全く異なりました。 千里くんの笑顔は、己の中の温かな気持ちを前面に押し出した、優しい笑顔。 この女の笑顔は、笑顔のための笑顔。 面立ちが整っていることもあり、これ以上なく美しい表情ながら、笑顔にこめられた感情が感じ取れず、仮面のように薄っぺらい。 薄っぺらで、恐ろしく―――不愉快。 その癖、私の心を酷くざわめかせ、落ち着きを奪います。 初めて会った瞬間に分かりました。 千里くんとの過去とか、そういうこととは無関係に、私はこの女が嫌いだ、と。 「・・・何を」 「?」 「・・・何を、考えているのですか?」 しかし、それでも先に口を開いたのは私でした。 この女と無言で2人きり、という状況に耐えかねて。 先制攻撃こそできたものの、どうにも負けた気分。 「何を、と言われても、いきなりざっくりしすぎてて、何のことを言っているのか分かんないかなー」 そう、薄っぺらな笑顔で返してきた女に、嘘を吐け、と私は内心毒づきました。 普段、千里くんの語りの中での私は幾分かマイルドに描かれてはいますが、一方で私はごく当たり前に何かを不快に思ったり、誰かを嫌いになったりすることもある人間です。 そして、その悪感情が、過去最高に高ぶっていました。 「・・・強引に千里くんを追い出して、私と2人きりになんてなったことです。・・・正直、どうしてあなたがそんなことをしたのか、意味が分かりません」 「強引に、なんてことも無いよー」 ひらひらと手を振って(これも、時折千里くんの見せる仕草)不愉快な女は切り替えした。 「まぁ、確かにキミとお話したかったことは確かかなー」 「・・・」 女の言葉が本心から出たものとは、私にはとても信じられませんでした。 こう見えて、私は言葉に込められた悪意も、言葉に込められた善意も、読み取るのはそれなりに得意なつもりです。 しかし、この女の言葉にはそのどちらも感じられませんでした。 それくらい、無色透明な言葉と、無色透明な笑顔でした。 透明すぎて、逆に自然とは言い難いほどに。 「・・・あなたを楽しませられるほど、私、お話は得意ではありませんよ?」 と、言うより、この女を心底楽しませられる人間がいたら見てみたいものです。 「あ、ひょっとして『人見知りだけど初対面の相手を楽しませなくちゃ』とかハードル上げちゃったー?ゴメンねー」 見透かしたようなことを、言うな。 どこかで見たような口調で。 どこかで見たような笑顔で。 どこかで見たようだけれども、それとは180度違う、ナニカで。 「大丈夫大丈夫。ボクは別に、いかにも聞き役なキミに積極的に何か話せとか無茶振りするつもりは無いよー。ただ、ちょっと聞きたくてさ」 「・・・あなた、前置きが長いですね」 見ているだけで苛々する。 不快感が増す。 ただ存在しているだけで、私の大切な何かが蹂躙されていくような気がする。 「・・・お話があるならすぐにお聞きしますし、ご質問があるならすぐにお聞きします」 だから、早く話を終わらせたかったのです。 「じゃぁ、遠慮なくー」 と、彼女はそう言って、不愉快な笑顔のまま、 「キミは、御神千里をどこまで理解してるのかな?」 と言いました。 「・・・は?」 疑問、と言うよりも怒気を孕んだ声を、私は発していました。 「んー、単に『御神千里』だけだと、さすがにそれこそざっくりしすぎてたかなー。ボクが言いたいのは、たかだか数カ月のお付き合いで、千里の性格?本質?あるいは・・・・・・」 「・・・千里くんがどれほどの方なのか、などあなたに言われるまでもありません」 言葉を発するな、息を吐き出すな、この場を、千里くんの場を、汚すな。 「・・・そして、あなたになど理解の及ばない範囲まで、私は千里くんを全て理解し、愛しています」 「おや、おやおや」 誰が見ても意外そうな表情を作って、女は言いました。 986 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 44 15 ID 1Tyg1Pd. 「おやおやおや。それはおかしな話だねー。理屈の通らないと言っても良い」 どうやら、本格的に毒を吐かれているようですが、そんなことはどうでも構いません。 この女の存在自体が、既に毒なのですから。 「・・・おかしいことなど、どこに・・・」 この女と対峙しているだけで気持ち悪い。 言葉を発するだけで、不快な気分になる。 「だってそうだろう?あの男の全てを理解しているなら―――あの男の醜悪さを知っているのなら、到底愛する気になんてなれないじゃないか」 不快な言葉が、積み重なる。 「キミの知る御神千里はどんな人間かな?穏やかな男?優しい男?頼れる男?道化た男?だとしたらまぁ、浅はかな理解と言わざるを得ないねー。いや、ここはむしろ千里の演技力を褒めるところか」 不快な何かが、私の中に積み重なる。 「自分の醜さ悪さを包み隠す演技力。それが向上したことを男前が上がったと言うのなら、ボクは惜しみなくその言葉を使おう。けれども、どれだけ男前が上がったとしても、あの男の本質は変わらない」 やめて下さい、お願いですから。 「優しさと言うその薄っぺらな仮面で、彼は全てを誤魔化してる。自分をそしてキミを。彼は決して人を信じない男だ。人と分かり合えない男だ。人と断絶した男だ。キミのその浅はかな理解は、結局のところあの男が自分の本質を誤魔化すための虚飾でしかない」 やめて、下さい。 「彼は嘘吐きだよ。誰かを大切にしてる、誰かを愛している、そんな嘘を他人と自分に吐くことで、自分の醜さを隠している醜く卑屈で卑劣な男」 やめて。 「そんな彼の嘘に、キミは使われてるって言う訳さ。君はまぁ、言ってみれば、彼のアクセサリ?お人形?もしくは―――『遊び』の相手?」 …やめろ 「ハッキリと言おうか?あの嘘吐きは誰も愛せない。キミでさえも―――愛せない」 やめろ!! 「・・・れが」 立ち上がる。 激情のままに。 椅子が倒れる。 ダイニングに用意された、ナイフやフォークが散乱する。 袖口から、隠していたナイフを取り出す。 「だれが嘘吐きだ!!!!!!!!!!!!」 そのまま、虚飾にまみれた笑顔を切り裂こうとした瞬間、 「三日!九重!」 いつになく必死な形相で台所から飛び出してきた千里くんの姿が見えました。 けれども、振りぬいた勢いのついたナイフは止まりません。 ナイフは、深々と突き刺さりました。 九重かなえの目の前に突き出された、千里くんの掌に。 「・・・せんり、くん?」 うそ、しんじられません。 「と、貫通はしていない、か。大したことはなさそうだねー」 痛みで軽く顔をしかめながらも、千里くんは私を安心させるように笑いました。 そして、ナイフを受け止めたのと反対の手で、私の頭をクシャっと撫でました。 「に、してもまだこんな物騒なモノを持ち歩いてたのかなー?三日にはこんな無粋なモノは似合わないと、俺は常々思っていたんだけどね。氷室先輩とキャラ被っちゃうし」 その言葉に、ナイフを持った手の力が抜ける。 ナイフが抜けて、千里くんの手から血が流れ出す。 「・・・手、怪我・・・・・・」 「と、そうだった」 千里くんは私の頭から手を離し、ポケットから無造作にハンカチを取り出すと、掌に無造作に撒きつけ、縛りました。 片手がふさがっているので、縛るのは口でするという野性味溢れる治療でしたが。 「こうして止血しとけば、取りあえずは何とかなりそう」 そう言って真っ赤に染まるハンカチを巻いた手を、ひらひらと示して千里くんは笑いました。 千里くんの仕草に、あの女が先ほど行った仕草が思わず重なります。 重なり、そう感じてしまった自分を恥じました。 この女と、千里くんは毛ほども似て無いことは分かっているはずなのに。 「んで、九重」 私から目を離し、千里くんは女に言いました。 987 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 44 41 ID 1Tyg1Pd. 「ここはお前を咎めるべきなんだろうけれど、何て言って咎めるべきなのかな?」 「おやー、ここは凶器を行使した彼女を責める場面では無いのかな、常識的に考えて」 「安心して。俺もいじめはいじめられる方が悪いだなんて、いじめる側の理論を肯定する気は毛頭無いよ」 けれど、と千里くんは言いました。 私の肩に、ポンと片手を置いて。 「火の無いところに煙は立たずってね。コイツは全く何一つ理由無く暴力を行使するほど理不尽な奴じゃ無い」 「根拠は?」 「根拠なんて無いし、いらないよ。ただの経験則。大方、昔俺にしていたような言葉責めの片鱗を、コイツに見せちゃったんだろ?」 九重は地味にドSだからねぇ、とため息交じりの冗談交じりに、千里くんは言葉を続けます。 いかにも、これは大した問題ではないと言う風に。 「前々から思ってていえなかった事の1つだけどさ、お前の言葉責めに唯々諾々と耐えられるのは俺ぐらいなンだよ?」 俺ぐらい、と言う言葉の響きに2人の信頼関係が感じられて、寂しい。 「思ってて言えなかった事の『1つ』、ねー」 先ほどから何ら何一つ変わらぬ笑顔で、九重かなえは含みのある言い方をしました。 「ま、それはともかくボクはあやまらないよ。ただ、このコにちょっとした親切心からちょっとした忠告をしただけー。だから、謝らないしー、誤りは無いよー?」 「珍しく明確に強情だな。まぁ、そう言われたら、って言うか、どう言われても俺はお前に強く出れないな」 「分かってるじゃないか」 クスリ、と笑う九重かなえ。 「千里のそう言う所が、一番―――好きだよ」 ドキリ、としました。 私ではなく。 千里くんが。 目を見開き、軽く頬を赤らめ、明らかに虚を疲れたと言う表情で。 千里くんのこんな表情、今まで見たことがありませんでした。 それを、よりにもよってこんな女に見せるなんて―――! 「ああ、まぁ。社交辞令として受け取っておくよ」 一瞬動揺してから、冷静さを取り繕いながら千里くんは言いました。 「しっかし、食事はどうしたものかな。スープは出来るところなんだけど」 「ありもので良いんじゃないかな?どうせ、昨日の残りでものこってるんだろう」 「まぁ、そうなんだけどさ・・・・・・」 親子でたった2人暮らしの千里くんは、しばしばうっかり食事を作りすぎて食べきれないことがある、と。 彼女もまた、それを知っているということなのでしょう。 それは、事実ではある、のですが。 「…大丈夫です」 と、私は言いました。 「…大丈夫です。私が千里くんのお手伝いをしますから」 これ以上、この女の自由にさせられなかったから。 988 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 45 12 ID 1Tyg1Pd. 「何考えてるんだ、アイツ……」 俺が、御神千里がその言葉を吐き出せたのは、なぜか味を覚えていない食事シーンを終え(食事中なのに胃が痛くなるような気分だった、とは言っておこう)三日を自宅まで送る道すがらのことだった。 九重に対しては、一応送って行こうかとは言ったのだが、やんわりと、と言うよりあっさりと断られた。 「あ、そうそう」 と、九重は去り際に付け加えるように言っていた。 「ボク、明日キミたちの学校に転入してくるから」 マジっすか。 だとしたら、どうして九重は態々俺の家を訪ねたのだろう。 同じ学校ならば、会う機会なんて十分すぎる程にある。 九重にとって、俺が転校してくる前に態々会いに来るほどの相手であった―――と言うことはぶっちゃけアリエナイ。 宇宙人によって引き起こされる惑星間宇宙犯罪と同じくらいアリエナイ。 九重にとって、俺は影だ。 彼女の影だ。 最も近しく、それと同時に尤も取るに足らない存在。 まぁ、九重が誰か(あるいは何か)に特別取り立てて強いこだわりを見せたことなんて、見たことも聞いたことも無いのだけれど。 そのセオリーを、敢えて破ったのは何故だ? あまりにも、必然性がない。 彼女の目的が、分からない。 九重が、俺が最も愛した女性の考えていることが、痛い位に分からない。 「…私には分かります」 自宅へと向かう夜道で、三日はそう言った。 「え?」 鼓動が跳ね上がるのが分かる。 「…千里くんが何を考えているのか」 「ああ、そっち?」 何故分かった、とは聞くまい。 他人に隠す余裕がない位には自分の考えに没頭していたことには自覚がある。 「…あの女のこと、ですよね?」 問いかけと言うより確認に近い声音で、三日は言った。 「…自分のことも、私のことも、それにその掌の痛みさえ忘れて、あの女のことに、思考を浸食されて」 「気にしてくれてたんだ、手のこと」 「…結果として、私が刺してしまったもの、ですから」 無為にあなたを傷つけてしまいましたから、と三日が少し辛そうな顔をする。 「ああ、コレくらいなら何てことないよ。九重を守ってやり合った時なんてもっと……」 と、言いかけて俺は黙った。 失言だった。 三日が九重のことを気にしているのは明らかだったのに。 「…」 「……」 そのまましばらく、気まずい沈黙が場を支配して、 「…好き、なんですか?」 と言う三日の言葉で、破られた。 「数寄?」 「…この発音でお茶に打ち込むことを連想する人もそういないと思います」 すき、という一音で何と言ったか分かる奴も珍しいが。 「…好き、なんですか、あの女のことが。…そんなに良いんですか、あの女のことが。…そんなに気になるんですか、あの女のことが。…そんなに一緒にいたいんですか、あの女と」 「九重のことか」 無表情で、ただコクリと頷く三日。 「アイツは―――」 と、俺が言いかけた瞬間、だったはずだった。 三日の姿が消失していた。 989 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 45 58 ID 1Tyg1Pd. 否、三日だけでは無い。 周囲に人間が1人もいなくなっていた。 こんなこと、前にもあったような。 そう、夏祭のときと同じ! 「こんなことをするのは、緋月誰さんか、な!?」 唐突に、後ろから殺気が生まれた。 「ハッ!」 男性的な声と共に振るわれた刃を避けられたのは、奇跡のようなものだった。 あるいは、先だって戦った強力な彼のお陰か。 「よ、とっと……!?」 体をひねり、振り向きざまに距離を取る。 襲撃者の姿を観て、俺は驚愕した。 「違う!?」 相手は、夏の襲撃者、緋月零日さんでは無かった。 性別や体格を隠す、フード付きのコート姿。 その下の顔には顔全体をすっぽりと覆うマスク。 その手には、180cmはあろうかと言う伸縮式の長い棒の先に、刃が供えられた武器。 大鎌と呼んでよいであろう、身長を超える武器をやや持て余し気味に持った人物。 「……!」 その人物が、再度距離を詰めて大鎌を振るう。 「お前、一体……」 距離を詰め、大鎌の柄をいなしながら、俺は抗議の声を上げる。 「ボクの名は、緋月、一日」 その人物は、芝居がかった口調で、そう、名乗った。 「初めましてと言うべきかな。ボクの大事な下の妹に寄りつく屑虫くん」 言葉と共に、胴薙ぎの一撃。 それをバックステップで避けると、突きあげるような攻撃が襲いかかる。 「がッ!?」 柄の付け根が喉に入り、俺は苦悶の声を上げる。 「刃は入らなかったか。意外と粘る」 「お、まえ!」 続いて繰り出される、すくい上げるような攻撃を避けつつ、俺は喉から声を絞り出す。 身長差があるためか、相手の攻撃はどうしても上を狙う物が多くなるようだった。 「何のつもりだ!一体何を考えて、こんな!?」 「家族を、守る」 鎌使いは、やはり芝居気のある口調でそう吐いた。 「兄が妹のためにすることなど、決まっているだろう?」 「冗談も大概にしろ!」 足払いをかけるような攻撃を避けつつ、俺は言う。 大体、妹など……! 「貴様は、あまりに普通すぎる。一般常識を逸脱しきれていない貴様の性質は、緋月家のような異常者集団にとっては不協和音なのだよ」 「訳の分からないことを!」 「イレギュラーの集団である緋月の家には、貴様こそがむしろイレギュラー。貴様はいつか、いつか貴様の『正義』に基づいて緋月を拒絶する、傷つける」 芝居がかった口調で長台詞を発しながらも、鎌使いは次々に鎌を突きあげる。 「妹が傷つく前に、その芽を摘むことは、兄の務めだとは思わないか?」 「不確定な未来への悲観と思い込みに基づいて動いているってのかい?ソイツは確かに三日の兄貴らしい設定ではあるね!」 攻撃を避けながら、俺は今まで相手に対して発したのことの無い皮肉を言う。 「ならば問うが。貴様、あの娘を、三日を確実に幸せにできるとでも?」 「!?」 振りあげられた鎌が、俺の鼻先をかすめた。 その大仰な動作と共に、相手の袖が微かに捲れ上がり、一瞬その腕が―――その素肌が露わになった。 露わになり、見えた。 990 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 46 18 ID 1Tyg1Pd. 「緋月三日は貴様に懸想した。だが、それは本当に貴様である必要があったのか?」 「何を言って、るんだ!?」 内心の動揺を抑え、振り下ろされた鎌を、俺はギリギリで避ける。 「八方美人の嘘吐き、その癖口より先に手が出る乱暴者。その上執着心が強い。まるで子供だな!」 こちらは避けるだけで精一杯だと言うのに、相手の攻撃は言葉を重ねるほどにむしろ苛烈さを増していく。 まるで、刃の中にゾッとするほどの負の感情が乗っているかのようだった。 「そんな貴様が、一度として誰かを愛することに成功したか!?誰かと共にあることに成功したか!?誰かを幸せにすることに―――成功したか!?」 月光を反射して輝く刃が、言葉と共に俺を襲う。 胸が、締め付けられるように痛くなる。 「巡り合わせ次第では、貴様では無い誰かに惚れ込んでいた。貴様よりも美しい心根を持った、三日を幸せに出来る誰かに」 俺は、その言葉に何も言い返すことができない。 事実、だからだ。 三日が俺のことを好きになってくれたのは、1年の時、『偶然』学校内を迷ったところを、『偶然』俺と出会い、案内したから。 けれど、そんなことは俺で無くても出来たことだった。 校内を知る者なら、同級でも、先輩でも、先生でも。 誰にでもできる、当り前のこと。 それが、その時たまたま俺が居合わせたと言うだけのこと。 ならば、もし他の男がそこに居合わせたら……? それが、本当に三日に相応しい相手だったら……? 俺なんかでは無かったら……? 恋した相手を、誰よりも救いたかった相手を救えなかった、守れなかった俺なんか、では…… 「断言しよう。貴様は誰も幸せになど出来ない。幸せになることなど……許されない!!」 言葉と共に繰り出される、鋭い薙ぎ払い。 同時にコートの袖が捲れ、もう一度素肌が露わになる。 これでもかとばかりに、傷が刻まれた肌が。 攻撃はバックステップで避けられても、相手の言葉が、存在が、俺の胸に突き刺さる。 「うぇ・・・あ・・・?」 思った以上の動揺に、ステップでたたらを踏んで、無様に転ぶ。 「……ふ!」 その隙を見逃す鎌使いではなく、すぐに俺の眼前まで間合いを詰める。 「三日が貴様などに出会ったこと自体が不幸だ。妹の不幸を是正するために、妹の幸せのために、今ここで全てを―――失え」 そう言って、項垂れる俺の頭上に、鎌使いは刃を振りあげた。 「…千里くん!」 しかし振り下ろされることは無かった。 聞き慣れたその声が俺の耳に飛び込んできた瞬間、鎌使いの姿が消えていたから。 残酷なまでに正しい、鎌使いの姿は、もういなかった。 振り向くと、三日が黒髪を振り乱し、こちらに駆け寄ってきていた。 どうやら、俺は三日に救われたらしい。 救わさせてしまった、らしい。 「…千里くん、千里くん!」 彼女の黒髪が、白い肌が、街灯に反射して美しく映える。 ああ、綺麗だな。 本当に、綺麗な女の子だ。 そう、純粋に思った。 「…い、いきなりいなくなるから何事かと思って。…何か、さっきよりボロボロですし。…でも、無事で……」 俺に抱きついて、切れ切れに言葉を紡ぐ三日。 じんわりと服が濡れるのを感じる。 泣いてる。 俺の為に、三日は泣いている。 俺の所為で、三日が泣いている。 彼女を安心させるために、その美しい髪を撫でようとした時、 ―――それは本当に貴様である必要があったのか?――― 鎌使いの言葉が思いだされた。 まったく、お前はいつだって正しいな。 「…せんり、くん?」 俺は、手を降ろした。 「ゴメンね、三日」 ぼんやりと、夜空を見上げながら俺は言った。 思えば、何度となく三日は俺のことを救っている。 思えば、何度となく三日は俺の為に泣いている。 でも、もういいだろう。 「でも、もう泣かなくていいから」 「…え?」 三日が小さく呟く声が聞こえる。 「もう、いいから」 もういい。 もういいよ。 もう俺の為に泣いたり怒ったりしなくていい。 俺の所為で感情をざわめかせなくていい。 だから、 「もう、俺のこと何も無かったことにしていいから」 ―――それは、月の無い夜のことだった。 991 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 47 04 ID 1Tyg1Pd. おまけ 武器解説 名称:無月 全長:30cm(最短時)→180cm(最大時) 製作者:緋月天海 所有者:緋月水星→緋月月日→緋月一日→??? 解説:緋月家で『最も真っ当に変わり者』と評される武器職人、緋月天海が制作した武器の1つ。 緋月天海の制作物の例にもれず、機能性よりも特異なギミックを仕込むことが重視されている。 伸縮させることで、30cmほどの短棒から、小ぶりのブレードが設置された大鎌に変形させることが出来る。 ブレードは長さ、切れ味共に今一つだが、強力な電極が仕込まれていることが特徴。この奇構により、相手は擬似的な記憶喪失を引き起こす可能性がある。 この奇構は、初代所有者であり、制作依頼者である緋月水星が『相手の記憶も命も狩り取りたい』と言う注文を付けた為。但し、この記憶喪失の度合いは全く予測不可能であり、緋月水星の望みがかなられたかどうかは不明である。 後に、緋月水星の兄である緋月月日、更に息子の緋月一日に渡されていることまでが確認されている。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2446.html
464 :依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/12(土) 01 32 42 ID iyQ6MqJ6 ◇ ◇ ◇ ◇ ことっ、ことっ、と心臓が早鐘を打った。 未夢は首を傾げる。 今、膝の上で静かに眠る少年のことが好きだった。 未だ二十歳になりはしない。だが、未夢は愛というものを知っているつもりだ。ただそれだけを頼りに生きてきたのだから。 その未夢の胸を、衝撃と驚愕とが刺し貫いている。 この十七年間の人生で、これ以上ないくらいリューヤのことを愛していたつもりだ。 だがそれは誤りだった。 これ以上は、あったのだ。 リューヤの命が燃え尽きようとしている正にこの時、未夢の思いはこれ以上なく燃え盛っている。 「すぐ、逝くね」 吐き出した言葉に嘘偽りはない。未夢にはその決意がいつだってあった。 だが、あの一言が未夢の胸を焼いた。 驚いた。これまでの人生で、これ以上ないくらい恋い焦がれていると思っていたはずなのに、なんとその先があったとは。 怖いくらいだ。 「リューヤ先輩から離れろ! このクソ女ぁぁ!」 先程まで、呆然として未夢とリューヤの抱擁を見つめていたキサラギが掴みかかる。 (うるさいなあ……) 今は、この胸のときめきをひたすら噛み締めていたい。 未夢にとって、キサラギは玩具以下の代物だ。怖くもなんにもない。 こんなものはすぐ、壊せる。 「また、リューヤを傷つけるの?」 一言。 ただ、一言で未夢はキサラギの胸を刺し貫いた。 「ち、違うっ! ウチは…ウチがリューヤ先輩を傷つけるわけない!」 キサラギの血に濡れた腕が、未夢の服を汚す。 リューヤのものだ。それだけでキサラギは万死に値する。 「一人だけなら、許すよ」 リューヤのために生きて来た。 リューヤがいるから生きられた。 リューヤの判断。それが全て。 そんな未夢には当然の言葉。 「ウチはぁ! リューヤ先輩のためなら、命を差し出せるんだぁ! 見ろ!」 叫びながら、手首に刻んだ惨たらしい傷痕を突き付けるキサラギ。 「ここも、ここも! おまえより多い! ウチの方がリューヤ先輩を愛してる! リューヤ先輩はウチのだっ!」 ほんの少し前ならば、未夢はキサラギの存在を認めていただろう。 だがここに来て、『その先』を知ってしまった未夢の考えは変わっている。 リューヤを自分だけのものにしたい。 リューヤは自分だけのものだ。 どうしても。 どうしてもだ。 だから壊す。キサラギを壊す。 「がんばったね。おめでとう…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………2等賞」 その瞬間、キサラギの動きが止まった。 長い沈黙があった。 「ぐるぁぁぁぁぁ! 殺すッ! 殺すゥッ!」 擦り傷だらけの顔に殺意を漲らせ、キサラギは狂った。もう、どうしようもないところまで。 だが必殺の決意を込めたキサラギの手は、未夢に届かない。 男たちの太い腕がキサラギの腕を捕まえた。 「ガァァァァッ! 離せ! 離せ! クソ女、殺してやるぅぅぅぅ!」 キサラギは、三人掛かりで取り押さえる警官に正しく狂女のように抵抗する。 「対象確保! 対象確保!」 「重傷者一名! 至急、救急車を――」 警官が口々にわめき散らし、キサラギの呪詛の言葉は、喧噪の中に消えて行く。 「さよなら」 薄く笑う。そして―― 「リューヤ、ごめんね。未夢、やっぱり悪い子だよ……」 その呟きも、喧噪の中に消えて行く。 465 :依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/12(土) 01 36 05 ID iyQ6MqJ6 ◇ ◇ ◇ ◇ 「おはよー」 「ああ…」 目を覚まして二週間ほどが経過しようとしている。その間、未夢に付きっきりの看病をされたことは俺の人生にとって、これ以上ないほどの汚点だ。 「リューヤぁ、おしっこしよ? おしっこ!」 未夢が尿瓶片手に頬笑んでいる。 ……この変態が! しかし、未夢ごときの世話になる日が来ようとは。焼きが回るとはこのことだ。 キサラギの飛び降りの一件以来、俺の周囲は様々なことが変化した。 先ず、未夢は俺の指示なしでも食事を採るようになった。とてもいい変化だ。しかし、甲斐甲斐しく俺の世話を焼く反面で、りんごのように赤く染まった頬を見ていると、コイツが何を期待しているか嫌でも分かってしまう。 目を覚まして以来、俺と未夢は毎日のようにキスしている。一線を超えるのは時間の問題だろう。 俺としては、この距離の近くなった幼なじみとの間に生まれたこの暖かい気持ちを、もう少し時間を掛けて育てて行きたいと思っている。 未夢の両親は、毎日のようにやって来た。 「息子よ……」 相変わらず、未夢の親父はふざけている。このヒゲは、俺が将来の義理の息子だということ信じてを疑っていない。 ちなみに、未夢のお袋もふざけている。 「未夢、子供はまだなの?」 「もう少しだよ」 お腹をさすりながら、幸せそうに答える未夢。 ふざけんな。 マジふざけんな。 それから、うちの親父とお袋も出張先から帰ってきた。 長期の入院が予測されたため、俺としては進級のことが気掛かりだったのだが、そこは親父が骨を折ってくれたらしい。学校側も前後の事情を汲んでくれた。その辺りのことは補習や講習を行う等して便宜をはかってくれるようだ。 「今は休め」 親父の言葉だ。 頑張り屋さんでない俺は、勿論そうさせてもらう。 そしてキサラギは……あれ以来、会っていない。 親父やお袋に尋ねたが、二人とも頑として口を割らなかった。何かある。そう思わずにいられない。親父は学校にも口止めしたようだ。見舞いにやってきた担任も、口を濁すだけで何も答えてくれなかった。 未夢に世話を焼かれながら、リハビリを行う傍らで、空いた時間はキサラギのことばかりを考える。 キサラギの両親は、俺に会いに来なかった。アイツが一人暮らしだったことを鑑みるに、家庭環境に少なからず問題があるのは疑いない。 だが、それを知りたいか、と聞かれれば、俺の答えはノーだ。未だ、学生の俺にとって、その問題は大きすぎる。手に負えない。 キサラギの行く末に関しては、意外な所から言及があった。 「あの娘は、遠くに行ったんだよ」 答えたのは未夢だ。 まあ、あれだけのことをやらかしたのだ。何もないと思う方がどうかしている。納得出来ないが、今はどうしようもない。…今は。 466 :依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/12(土) 01 38 22 ID iyQ6MqJ6 「リューヤぁ、未夢、もうヤだよ。あんなの……」 「ああ、わかってる。もうしないよ」 心配そうに言う幼なじみの髪を撫でる。 未夢は変わった。 以前は、俺に頼りきりだった生活も、今ではなるべく自分でこなそうと必死で頑張っている。 ケガの功名というやつだ。 俺が重傷を負い、動けなくなったことで未夢の何かが変わったのだ。だとすると、キサラギのあの行為にも意味はあったのだろう。 どんどん俺の手から離れる。それは見ていて微笑ましい光景で……それでいて、ちょっぴり悲しい。 今ならもう、行けるのだろうか。 俺はもう、行ってしまってもいいのだろうか。 この街を出る。 以前から考えていたことだ。 住み慣れたこの街を離れ、新しく厳しい環境で生きて行く。そこでは、新しい出会いが待っているだろう。つらい出来事が待っているだろう。 それらを求め、俺は行きたい。 もちろん、未夢のことは心配だし、気掛かりだ。 だが、遠く離れた場所で、一度自分を見つめ直したい。それは未夢との関係も含まれる。未夢を大事に思うからこそ、そうしたいし、そうすべきだと思う。一度、距離を置き、この胸の思いを確かめたい。 時は流れ、季節は移ろう。 桜が散り、俺は高三になっていた。復学してここまでは、慌ただしく過ぎて行った。 最大の援護はやはり未夢で、相変わらずエロいし変態だが、家事にも積極的に参加するようになったし、自分の体調や着衣にも気を配るようになった。週末は、相変わらず二人きりで過ごすことを望むが、以前とは違い奇抜な行動で俺を悩ませることはなくなった。 危うく揺れるようだった瞳の色も、今はもう落ち着きの彩りを見せている。確固たるものを得たのだろう。 「リューヤぁ……キスしよ……?」 掠れた声で甘える未夢を抱き寄せ、応える。 小さな舌を吸い上げながら、薄い胸を弄る。耳元で漏れる吐息は、熱く湿っぽい。 未夢は少し乱暴にされるのが好きだ。膝の上に座らせて、乱暴に下着を剥ぎ取って行く。抵抗はほとんどない。つくりの小さなそこは、既に粘着質な水分を湛えていて、俺を誘っている。 「りゅうやぁ、アレやだぁ…」 未夢は避妊を嫌がる。無論、良識的な俺は無視する。 「はじめてのときみたく、なまでそそいでほしい……」 「……」 変態が! 雰囲気を台なしにするその言葉を飲み込む。今はまだ、この熱い吐息を感じていたい。 ベッドでもつれあいながら、小さい耳朶に口づけたところで、リビングの電話が鳴り響く。 「やだぁ、もう……!」 「待ってて…」 唇を尖らせる未夢に囁き、トランクス一枚で無粋な闖入者からの電話に応答する。 「もしもし?」 『……』 「どちらさま、でしょうか?」 『……』 不意に、背中に氷柱を差し込まれたような寒気を感じた。 まさか……。 『せんぱい……』 ごくり、と息を飲む。 『ウ チ で す』
https://w.atwiki.jp/kensakukinshi_kamina/pages/251.html
ヤンデレ GIF ToHeart2に登場するキャラクターがヤンデレになったら…と言う話。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2340.html
472 :ヤンデレの娘さん 暴露の巻 ◆3hOWRho8lI:2011/07/29(金) 21 03 58 ID 2AmFjdJU それは、3年と幾らか前のこと。 「へぇーん」 夜照学園中等部、第二校舎屋上に上がった俺(とてもそうは見えないが当然中学生)に、そう声がかけられた。 時刻は昼休み。 教室にもどこにも居場所が無かった俺は、とりあえずの身の置き場所を探してこの場所に辿りついた。 「わざわざ好き好んでこんな場所に来るのがいるとはねー。よっぽどの物好きー?」 そう言ったのは、スラリとした体つきの女生徒だった。 艶やかな、セミロングの黒髪。 中等部の冬服に黒タイツ。 糸のように細めて笑う姿は、まるで美しい狐のようだった。 「しかも立ち入り禁止のこの場所。ひょっとして、キミ不良さん?じゃぱにーずばんちょーってやつー?」 クルクル舞いながら、クスクス笑う少女。 「違う」 と、俺は答えた。 「人のいない場所を探していたら、ここに辿りついた。それだけ」 「ふいーん」 と、俺の言葉に分かっているのかいないのか分からない少女。 「奇遇だね」 「なぜ」 「ボクも、同じだから」 飄々とした少女の態度からは思いもよらぬ言葉に、俺は驚いた。 「信じられないって顔してるね。いや、マジマジ。小うるさい教室からここに――――逃げてきた。人のいない、ここに」 「……」 無言の俺に、少女は改めて向き直った。 「ひょっとしたら、ボクとキミは同類なのかもしれないねー」 と、もう一度笑う。 くすくすと。 屈屈と。 「ねー。名前を教えてよ、同類」 至近距離からこちらを見上げ、少女は言った。 「御神千里」 俺は問われるままに答えた。 「そう」 ニィ、と笑みを深くする少女。 「ボクは九重かなえ。よろしく、千里」 その日から、俺と九重かなえの、互いの互いの傷を舐め合うような、互いの流血を舐め合うような緋色の関係が始まった。 473 :ヤンデレの娘さん 暴露の巻 ◆3hOWRho8lI:2011/07/29(金) 21 05 44 ID 2AmFjdJU そして、約3年後の現在 夜照学園高等部にて 「第1回 御神千里の恥ずかしい過去大暴露大会!いえーい!」 新学期が始まり、始業式が終わったその日のこと。 一原先輩に「手伝って欲しいことがある」と言われて呼び出された夜照学園高等部生徒会室。 そこで、俺は上記のような阿呆な音頭に迎えられた。 「と、ゆー訳でやっと来たわね、今回の主役」 「……い、ち、は、ら、せ、ん、ぱ、い?」 じっとりした目で相手を見てやる。 この野郎、手伝って欲しいことってこれかい。 って言うか何をしろってのか。 「まぁまぁ、取り合えず座って。御神ちゃんは今回の主役と言うかオモチャと言うかそんな感じだから」 「オモチャって何ですか」 ツッコミを入れながらも席に着く俺。 普段はコの字型に組み合わされているであろう長椅子は、今はT字型に組み合わせられていた。 Tの横棒の方の長椅子の後ろにはホワイトボードがあり、『大暴露大会!』という頭の悪い名前がでかでかと書いてあった。 誰だ、こんな自分の頭の悪さをアピールしまくってる名前考えた奴。 「私はお姉や副会長さんと違って、中等部のコトは知らないからドキがムネムネだよ!」 「そう言えば、妹殿は中学は他所でござったか」 「確か、私立の天川中だっけ?李はその頃まだ海外だよね」 「…ついにこの日がやって参りましたね」 そう言うのは、生徒会役員で一原先輩の妹の愛華さん、同学年の李忍、霧崎涼子。 それに加えて、緋月三日。 緋月三日 大事なことなので(以下省略) 「何でお前がここにいるのぉ!?」 「わひゃぁ!?」 思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。 三日の悲鳴が無駄に可愛かったがそれはさておき。 「いや三日さん!?俺確かあーたに『生徒会には近づくなよ!絶対近づくなよ!』と言いまくってましたよねぇ!?」 肩を掴んでがっくんがっくんと詰め寄る俺。 「やめて御神ちゃん!全部私が悪いの!私があなたの過去話を餌にして三日ちゃんをここにおびき寄せたから!」 「いかにも悲劇のヒロイン口調だけどやってることは悪党だよなぁ!」 目に涙を浮かべてそうな顔の(あくまで『そうな』)一原先輩にツッコミを入れる。 どうやら全ての元凶はこの人らしい。 「…あ、いや、実は私の方からお願いしたんですけど」 「惑わされるな!それが奴の手口だ!」 申し訳なさそうな三日を俺は全力で説得する。 「何か、ン年来の付き合いの後輩にラスボスか何かみたいな扱いを受けてるんだけど、私」 「いや、アンタがこの話のラスボスなんじゃないかと最近本気で思うんですけど……」 「残念ながらソレは無いわよ。確かに、『敵は生徒会の美少女軍団!』って言うのは華があるけど」 そう言ってから、一原先輩は全員を見回して、 「いっそのこと皆でやる、ラスボス?『三日ちゃんを返して欲しければこの生徒会四天王を倒していくことだな!』みたいな」 「「「「「「「いやいやいやいや」」」」」」 周りのほぼ全員から否定される一原先輩。 華のある無しでラスボスにならないで欲しい。 って言うかドサクサにまぎれて三日を攫わないで欲しい。 大体、これはどう言う展開なんだろう。 474 :ヤンデレの娘さん 暴露の巻 ◆3hOWRho8lI:2011/07/29(金) 21 06 24 ID 2AmFjdJU 「とどのつまり、中等部時代の昔話に華を咲かせましょう、という企画なんですけどね」 淡々と答えるのは、副会長の氷室先輩。 この人とも付き合いは長いけど、凶器での突き合いの方が多かった気がする。 思い出したくもない思い出だった。 「それが、何で三日たちまで?」 「…私たちは、中等部時代の千里くんたちを知りませんから」 「同じく」 三日に加え李や霧崎、愛華さんも頷く。 「ユリコたちは最近study hardにwork hardデシタから、コレくらいの息抜きがヒツヨーデス」 生徒会の顧問であるエリス・リーランド先生も賛同しているらしい。 しっかし、スタディーハードにワークハードって、先輩がハードワークってねぇ……。 「うっわ、疑いの目で見られた」 「日ごろの行いですよ」 不服そうな先輩だけど、こればかりは仕方ないと思う。 「会長も私も、これでも夏休みの間受験勉強のために邁進していましたからね」 と、氷室先輩が言うので意外にも真実らしい。 「まー、私は受験においても頂点に立つ女だからね!」 エヘンと胸を張る一原先輩。 「志望校を考えれば、まだまだ足りない位ですけどね」 「雨氷(うー)ちゃんキビシー」 そう言えば、先輩たちはどこの大学を狙ってるのだろう。 雨氷先輩は学内でもかなり成績上位者で、一原先輩の成績は―――ムラがある。 期末試験で一位を取る時もあれば、掲示板の上位者発表に名前が載らないと気もある。 そう思って聞いてみると。 「「東大」」 と2人から即座に答えが返ってきた。 「東大って……東北の大学全般とかそーゆーオチじゃないんですよね?」 あまりにあっさり言ったので、俺は聞き返した。 「さすがにそこでネタに走らないわよ」 「私や会長の成績なら、困難ではあっても全く実現不可能と言う程ではありません」 「まぁ、そうかもですけど意外ですね。氷室先輩ならともかく、一原先輩が学歴とかちゃんと考えてるなんて」 「御神ちゃん、私のこと何だと思ってるのよ……。まぁ、それはともかく、思うところがあってね」 「思うところですか?」 「そう、この一原百合子には『夢』がある!」 と、背景に『ドドドドド!』と言う擬音が欲しいポーズで先輩が言った。 「将来この国を、ノーテンキラキラに笑って暮らせる良い国作ろう鎌倉幕府にすること!」 「おお!」 発言は頭悪いし具体性は欠片もないが、言ってることは非常に立派だ! 「そしてぇ!私はそのトップで誰よりもノーテンキラキラな極上幸せ生活をエンジョイするのよ!」 「おい」 結局は私欲かよ。 「Oh,ユリコ。Youのユメはいつ聞いても素晴らしいデス」 横でエリス先生がハンカチ片手に感涙していた。 それで良いのか教育者。 「myselfをハッピーに出来ないヒトがyourselfをハッピーにはデキマセン」 そこを突っ込むと、至極真っ当な言葉が返ってきた。 確かにそうかもしれない。 ただ、一原先輩の日ごろの行いを見てるとストレートに尊敬できないんだよなぁ……。 女の子ばっか追いかけてる人、というイメージが強すぎて。 「まぁまぁ。私らのことはともかく、御神ちゃんも座って座って。お弁当持ってきてるでしょ。それも広げてさ」 と言う先輩の言葉に、俺は流されるままに席に付き、隣の三日にお弁当箱を渡す。 勿論自分のも取り出しいただきます。 他の面子もめいめい弁当を取り出していた。 「あ、このお菓子は適当に摘まんでねー」 と、一原先輩たちが市販のポテトチップスやチョコレートも広げる。 ジュースまで用意され、ちょっとしたパーティーみたいだ。 475 :ヤンデレの娘さん 暴露の巻 ◆3hOWRho8lI:2011/07/29(金) 21 07 23 ID 2AmFjdJU 「しっかし中等部時代ですか。そんな面白いネタがあるとも……」 「はいはーい!一番、一原百合子行っきまーす!!」 俺の言葉を無視して挙手する一原先輩。 「どうぞ」 進行役なのか、氷室先輩がそう言うと、一原先輩は立ち上がり、キメ顔を作る。 「俺は、自分の目で見た物しか信じない」 いかにも男声を作ってますよ、という声音だった。 「だから、俺は心とか友情とか信じません。目に、見えませんから」 フッ、と言いたげな仕草をする先輩。 って言うかコレって…… 「以上、御神ちゃんが初対面でかましてくれたイタい台詞でしたー!」 「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 覚えてたのか! そんなつまんない台詞覚えてたのか! いや、実際言ったけど忘れていて欲しかった! 「…千里くん、そんな深遠な哲学をお持ちだったのですね」 「いっや深遠じゃないから!って言うか今すぐ忘れて!」 「嫌です!」 「こんなとこだけ即答ですかー!」 三日にだけは知られたくない、イタい過去だった。 「まぁ、御神ちゃんにも中二病を発症していた過去があったということで!」 人のトラウマスイッチを押しまくった女が、イイ笑顔でそう言った。 「…すごい。…あの千里くんが見事なまでに玩具にされています」 妙な所に関心する三日。 「二番手は私ですね」 俺の心理的ダメージをスルーして、氷室先輩が立ちあがる。 「こういう場合、公平に私の恥ずかしい過去も暴露しておくべきでしょう」 いや、その理屈はおかしい。 「当初、私は御神後輩が会長に懸想している物と勘違いしていました」 「それは恥ずかしい勘違いだね!」 氷室先輩の心を笑顔で抉る愛華さん。 「・・・何で千里くんまで渋い顔をしているんです?」 「いや、その勘違いのお陰で随分な目に合ったからさ」 その勘違いのお陰でナイフで刺されかかったり、そうした勘違いをした他所の女の子を守るためにスタンガン突きつけられたりね。 実のところ、一原先輩を尊敬する先輩として(一瞬だけ)見たことはあっても、それが好意に発展したことは無い。 「半分以上はあなたのせいでしょう」 「いやその理屈はおかしい」 自分が悪いとはかけらも思っていない氷室先輩だった。 「・・・ひょっとして、千里くんの危機順応力ってその頃に身についていたりします?」 「だね、氷室先輩とやりあったお陰で縄抜けやら護身の術やら見に付いちゃいましたよ」 「ある意味、御神後輩は私が育てたといって過言ではありませんね」 「自分の悪事を省みない発言どうもありがとうございます、氷室先輩」 「私は神に誓って過去一切罪を犯していません」 堂々と言いやがった、氷室先輩(このおんな)。 「御神ちゃんはいつでも女の子のために奮闘してたわよねー」 そのやり取りを横から見ていた一原先輩が笑いながら言った。 「・・・なん・・・ですと・・・」 先輩の言葉に、どこぞのバトル漫画のように驚愕する三日。 「いやね、うーちゃんの時もそうだけど、御神ちゃんって何かと女の子に力を貸すことが多くってさー」 「その女の名前を全て教えてください!いえ教えなさい!」 一原先輩に対してすごい剣幕で詰め寄る三日。 「ちょっと待てい、それを聞いてどうするつもりだ」 それを押さえる俺。 「その時のイベントの結果、千里くんとフラグが立っていたら皆殺します!」 「殺すなよ。っ言うか立ってないし」 「・・・立たないんですか?」 「現実とゲームを一緒にするな」 きょとんとする三日に、俺は嘆息しながら答えた。 「・・・そうは言っても、千里くんって女の子にモテる方ですよね、実のところ」 「酷い誤解だ」 三日も葉山と同じ種類の誤解をしていたらしい。 「そーいえば、御神ちゃんが女の子とお付き合いしたって話聞かなかったわね」 「ええ、私の知る限り、緋月三日後輩が初めてです」 一原先輩と氷室先輩がウラを取ってくれる。 「・・・でも、どうしてでしょう?千里くんのような素晴らしくて優しい人なら、河合後輩のように下手な女がコロリと参ってしまいそうなものですが」 三日のその純粋な言葉に、背景で吹く一原先輩と氷室先輩。 「しょ、正直御神ちゃんの中二病時代知ってるから・・・・・・・」 「て、手放しで褒められると、お腹が痛・・・・・・」 「お前らあああああああああああああああああ!!」 俺を何だと思ってるんだろう、コイツらは。 先輩でなかったらブン殴ってるところだ。 476 :ヤンデレの娘さん 暴露の巻 ◆3hOWRho8lI:2011/07/29(金) 21 09 07 ID 2AmFjdJU 「学級の中でも、女友達はいても恋愛関係に発展しそうな件は稀でござったな」 と、冷静に分析するのは、実は現在同じクラスだったりする李だ。 俺と話したことは多くない筈だが、良くクラスを見ているようだ。 「所謂、いい人止まりってヤツ?」 どこかからかうように霧崎が言った。 「ま、そんなところー。今まで積極的にカノジョとか作ってなかったのもあるけどね」 「そこいらは、割ときっちり距離取るタイプよね、御神ちゃん」 合点するように言う一原先輩だけど、残念ながらハズレ。 「んー、何て言うか友達の距離感と恋人の距離感とかって良く判んないんですよね。近づきすぎたらウザいですし」 「あー、確かにそれはウザい」 一原先輩はナチュラルに同意するが、周囲の生徒会メンバーが一様に目を逸らすのは何故だろう。 「・・・距離感、ですか」 神妙な顔をする三日。 「あー三日は気にしないでいいよ。三日みたくそっちからザクザク入ってこられると逆に助かるしー」 「・・・ありがとうございます。…って、え、あれ?…ザク…ざ、く?」 俺の言葉に礼を言ってから不思議そうな顔をするけれど、不思議に思う要素がどこにあっただろうか。 三日ほどこちらの距離に近づいてくる相手は無いと思うのだが。 「まー、御神ちゃんも恋人にすると死ぬほどメンドいタイプよね」 「失礼な」 「勝手に三日ちゃんのお弁当を作ってきたり」 「ウグ」 いきなり反論できなくなった。 「そういう風にイロイロやって、相手がウザがると『こんなに尽くしてきたのに!』って思っちゃうタイプ」 「あう・・・・・・」 否定できない。 表に出すかはともかく、そういう『努力に見合わない結果』って言うのはかなりキツい。 「・・・九重かなえのときも、そんな感じだったんですか?」 「かなえちゃんのとき?」 不思議そうにそう言って、こちらの方をジト目で見る一原先輩。 「なぁに、御神ちゃん。三日ちゃんに昔の女の話をしたわけ?デリカシー無いわねぇ」 「誤解を与えるような言い方しないで下さい。他所で話しているのを偶然聞かせちゃったんですよ」 と、俺は先輩に説明した。 「・・・昔の女、やっぱり・・・」 ゴゴゴゴゴゴゴ、と横で黒いオーラを纏い始める三日。 もう1人、誤解を解くべき人間がいるようだ。 「落ち着いて、三日。俺と九重がそういう関係だったことは一瞬たりとも無かったから」 「むしろ、御神ちゃんの片思いだったもんねぇ」 「そうですね」 うんうんと頷く一原先輩と氷室先輩。 「あなた方・・・・・・」 と、俺がジト目で見てやると、 「うん、気づいてた」 「ある程度あなたの性格を掴んだらすぐ判りました」 あっさりという先輩コンビ。 ちなみに、当時2人はそんな素振りかけらも見せていませんでした。 「・・・カタオモイッテ、ドンナカンジデシタカ?」 うっわ、三日の声から感情が消えうせてる。 ついでに黒いオーラの濃度が増してる。 「何て言うか、御神ちゃんの姿は見てて居た堪れないというか痛々しいというか」 「・・・タトエバ?」 「いつも一緒にいたと言うか」 「いつも九重後輩についていったと言うか」 抑揚の無い三日の言葉に、一原先輩と氷室先輩は言った。 「あー、よく屋上で添い寝とかしてたわよね、2人して」 「誤解を招くような言い方をするな」 一原先輩の言葉に抗議する。 『添い寝』という言葉から連想されるような嬉し恥ずかしな展開は全然全く悲しいくらいに無かったので念のため。 「・・・ソレカラ?」 「親切をすると、」 「スルーされる」 「勇気を出した遠まわしな口説き文句は」 「いなされる」 「熱い視線を向けると」 「目をそらされる」 「最後の手段、愛情こめたお弁当は、」 「『まー、フツー?』」 「「って感じ」」 夫婦漫才のようなテンポで説明した先輩コンビの言葉に、三日の大切な何かがブチンと切れた。 477 :ヤンデレの娘さん 暴露の巻 ◆3hOWRho8lI:2011/07/29(金) 21 11 15 ID 2AmFjdJU 「ムギャー!」 ハサミ、カッターナイフ、十得ナイフ、ダガーナイフ、伸縮式警棒、ワイヤー、アイスピック、妙なスプレー、スプーン、包丁、お玉etcetc 凶器という凶器を雨のように周囲にブチまける! って言うかどこに隠してたんだそんなモン!? 「うわぁ!」 ソレに対して思わず距離をとり、物陰に隠れる一同。 「ココノエカナエココノエカナエココノエカナエココノエカナエココノエカナエココノエカナエココノエカナエココノエカナエエエエエエ!」 ついでに、どこからともなく大鉈を取り出し、めちゃくちゃに振り回す! 「ちょっとどうしてこんなことになっちゃうのよ!?」 「こうならない方がおかしいでしょうが!」 暴風のごとき三日の狂行を避けながら、俺は一原先輩にツッコミを入れる。 「なんだか知りませんが、こうなったらころしてでもとめるしか―――」 「俺に任せてください!」 物騒な行いに出ようとした氷室先輩たちに先んじて、俺は三日の方に向かう。 振り回す手が広がったときを見計らってソレを掴むようにタックル。 そのまま床の上に押し倒す。 「三日、三日、落ち着いて。大丈夫だから」 「ココノエカナエココノエカナエココノエカナエココノエカナエ」 「アイツは、九重は過去のこと。もう終わったことだから。それに、多分俺はアイツと一緒になっても幸せになれなかった!」 「ココノエカナエココノエカナエココノエカナエココノエカナエアアアアアアアアアアアアアアアア!」 「俺は!お前といてこれでもそこそこ―――幸せだ!」 言った。 言っちまった。 こんな大勢の前で。 恥ずかしい。 死ぬほど恥ずかしい。 けれども。 俺の言葉に三日は動きをピタリと止めた。 「・・・しあ、わせ?」 驚いた様子の三日に俺は無言で頷いた。 「・・・私といて、幸せですか?」 再度頷く。 実際、三日はいつも俺と寄り添ってくれようと、必死で、ひたむきで。 そうした姿勢に、ささやかながら救われない日なんて―――今まで1日たりとも無かった。 「・・・九重かなえと一緒にいるときよりも?」 「かも、ね。アイツといる時間の心地良さは、幸せとはベクトルが違ったから」 「…そうですか」 良かった、と三日は言った。 そして、俺たちは三日が暴れて散らかった生徒会室を片付けた。 そのことを三日と一緒に生徒会役員達に謝ることも忘れない。 三日はまだ落ち着いていないというか、不承不承といった感じだったが、一原先輩は笑って許してくれた。 それから、改めて暴露大会再開。 俺は、九重といた過去を、静かに説明し始めた。 478 :ヤンデレの娘さん 暴露の巻 ◆3hOWRho8lI:2011/07/29(金) 21 12 07 ID 2AmFjdJU 「あの時、俺は友達がいなかったからなぁ。だから、同じく友達のいない奴がいるってのはそれだけで救われた」 「・・・いなかったんですか、お友達」 「だね。途中から葉山が気まぐれだか動物的感だかで絡んできたけど、それまでは一生に1人も。だからまぁ、九重が初めての友達って言ってもいいな」 「・・・私にとっての、朱里ちゃんみたいな、ですか」 「え、そうなのか?」 「・・・はい。入院生活が長くて、小学校はあまり通えなくて、中学でも、上手く人付き合いが出来なくて」 「それで、明石が」 「・・・はい」 「お前が会ったのが、明石で良かったかもな。タイプが違うから。俺と九重はベクトルが似すぎてた。誰とも心を通じ合えず、誰にも心を開かなかった」 「そうね!だからかなえちゃんに会ったときにビビッと分かったわ!この娘に必要なのは仲間だ、ってね!」 静かな会話を、一原先輩がブチ壊した。 「そんなきちんとした考えを持って、九重を生徒会に入れたんですか?」 「ああ、ゴメン。何も考えて無かったかも」 「だから、俺も生徒会に入ったんですよね。先輩から九重を守るために」 「もしかして気づいてた?私がかなえちゃんに惚れてたの」 「はい、何となく」 うん、昔っからこんな調子なんだよな、この人。 「お陰で、何度九重後輩を暗殺しにかかったか・・・・・・」 困ったように嘆息する氷室先輩だけど、明らかにあなたは加害者側です。 お陰で、何度九重を命の危機から切り抜けさせることになったか。 「・・・でも、何で千里くんはその九重という女に堕ちたんですか?・・・聞く限りでは随分嫌な嫌な嫌な人みたいですけど」 やれやれ、三日も随分耳の痛いところを突いてくる。 「そのときの俺も、嫌な嫌な嫌な奴だったからなー。『嫌な奴で良くない?』って言ってくれたのはアイツが初めてだったし」 「・・・千里くんを肯定してくれた人だったんですね」 「だね。アイツがいなければ、今の俺はなかった。そう胸を張って言える」 たとえ傷を舐めあうような関係だったとしても、その頃の俺には傷を舐めあうことが必要だったのだろう。 「ま、同類だからこそ九重は俺になびかなかったのかもなー。人は自分に無い物を求めるって言うし」 そもそも、九重はどう思っていたんだろう、俺のこと。 軽蔑?嘲笑?同族意識? 決して本心を明かさない女だったので、今となっては判らないが。 ここにあるのは、ただ俺のいて欲しいときに九重がいてくれた、という事実だけだ。 「・・・いな」 と、三日が呟いた。 「・・・悔しいな。・・・本当なら、そこには私が居たかったのに。その頃千里くんに会っていれば私がそこにいられたと断言できません」 それが、たまらなく悔しいのです、と三日は言った。 拳を強く握り締めて。 「今居てくれる。それだけで十分」 その拳を両手で包み込み、俺は笑った。 「俺だって、過去の弱っちい頃にお前と会っていて、お前と居られたかは分からないしさ」 俺の言葉に、コクンと頷く三日。 思えば、俺は三日のことを意外と知らない。 俺が弱かった頃、もしかしたら三日も弱かった頃だったのかもしれない。 比翼の鳥には、共に羽ばたくだけの強さが必要なのだ、両者共に。 「御神ちゃん、やっぱりビミョーに中二病残ってるわよねぇ」 「人の心を読まないで下さい」 当然のように茶々を入れた一原先輩に、俺はツッコミを入れた。 「それほりも、何か面白いネタ無いですかね?」 「んー、アレとかどう?御神ちゃんが恋のキューピッド役をやった話」 「アレも大概にして大変でしたけどね」 「…それ、興味深いですね」 「ゾクゾクするでしょ?」 こうして、賑やかな放課後がなんとか無事に過ぎて行った。 479 :ヤンデレの娘さん 暴露の巻 ◆3hOWRho8lI:2011/07/29(金) 21 12 33 ID 2AmFjdJU おまけ 「それでは、失礼しますね」 「…本日は、ありがとうございました」 その後、和気あいあいと思い出話に花を咲かせ、御神千里と緋月三日は生徒会室を去って行く。 「昔の俺、格好悪かったでしょ、三日」 「…いえ、むしろ千里くんは昔から千里くんだったんだなって分かって嬉しかったです」 「ソレ成長してないってこと?」 「わわ…違います違います」 「分かってるって」 そんな風に遠ざかって行くやり取りを、生徒会室で役員達は聞いていた。 ある者は笑いながら、ある者は苦笑しながら。 いずれにしても、何のかんのと言いながら、あの2人は似合いのカップルだ、と言うのが彼女らの総意だった。 緋月三日もそうだが、御神千里も大概にして相手に参っている。 「これでアナタの願いに叶えられましたかね、緋月先輩」 2人のやり取りが聞こえなくなった生徒会室で、一原百合子は呟いた。 「十分すぎるくらいでしょう」 と、氷室雨氷が百合子の紙コップにジュースを入れながら答えた。 「ありがと、うーちゃん」 雨氷に微笑みかける百合子。 その笑顔に、雨氷は目をそらす。 照れているのだ。 「しっかし、かなえちゃんかぁ」 紙コップに口を付けながら、百合子は言った。 飲んだジュースの味はするのに、思いはどうにも苦かった。 「やはり、思うところはありますか」 「まぁ、ね」 重いため息。 後輩達の前では見せなかった、暗い表情だ。 この辺りの気遣いを天然でやっているのだから恐れ入る、と雨氷はいつも思う。 「これまで、生徒会として、一個人として学園の誰かのために尽力していた貴女が―――」 「そう、私が唯一、そのヤミを」 「「救えなかった相手」」 百合子と雨氷の声が、重く、暗く、唱和した。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2491.html
267 名前:ヤンデレの娘さん 交錯の巻 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2012/04/14(土) 13 12 41 ID Br3PhM8M [2/9] 「う……ん」 いつものように、たった一人のベッドで目を覚ます。 静かな室内に、思わず周りを見回す。 いつかのように、と言うよりもいつものように、三日が俺を起こしに来ていたりはしない。 「当り前、か」 と、俺は1人ごちた。 ―――何も聞かないで――― そう、昨日俺は彼女に言ったのだから。 ―――何も聞かないで、言わないで。ただ、忘れてくれればそれで良い。忘れて、幸せになってくれれば――― 着替えて、ダイニングに移動。 親は、今日から出張。 その為、この家には俺一人。 「君がいなくなって、この部屋はずいぶん広くなっちゃったよ―――ってドラえもんじゃないんだから」 そんなボケをかましてもツッコミを入れる者はだれも無く。 朝食は、適当で良いだろう。 俺は、冷蔵庫の余りものを適当に胃袋の中に詰め込むと、黙々と学校の準備。 その間にも、昨日の言葉が思い出される。 ―――貴様は、誰も幸せにすることが出来ない――― 『アイツ』の言葉が胸を突き刺す。 ―――幸せになることなど、許されない――― その言葉は正しい。 いつだって正しかった、残酷なまでに。 その言葉に従うなら、その正しさに従うなら、アイツを幸せにするためなら、することは、決まっている。 そんなことを考えながら、俺は玄関のドアを開けた。 すると、外から「・・・ぷぎゃ!?」と言うヒロインらしからぬ悲鳴が聞こえる。 「・・・・・・?」 何かと思ってドアの反対側を見ると、「・・・いひゃい」と鼻を押さえている緋月三日の姿が。 どうやら、玄関の前に立っていた彼女の顔を、ドアでノックアウトしてしまったらしい。 それはさておき、である。 「・・・・・・朝からどうしたの、緋月?」 俺は短く問いかけた。 「・・・いひゃいや・・・もちろん、恋人である千里くんと、朝から恋人らしく一緒に登校するために、恋人である千里くんをお迎えしようと3時間前から恋人である千里くんの自宅の前でお待ちいたしていた次第です」 彼女を名字で呼んだ俺とは対照的に、名前呼びを強調するように繰り返す三日。 「・・・・・・緋月」 最近寒くなってきたと言うのに早朝からならば尚更だろう、と言う言葉を呑み込んで、俺はもう一度彼女を名字で呼んだ。 三日に作った距離を、再確認するかのように。 「俺、昨日言ったよね。その手の話は、その・・・・・・」 「・・・昨日のことなら忘れました」 さっきまで鼻を抑えていたのが嘘のように、三日は俺を真っ直ぐに見据えて言った。 「・・・『忘れました』。千里くんのお願い通り。・・・私が忘れたのは、私が忘れられるのは、それだけです」 真っ直ぐな視線と、真っ直ぐな言葉。 それとは対照的に、俺は彼女から目を逸らしている。 「・・・・・・俺は、違うから」 「…え?」 「俺には、無理だから」 俺は小さくそう言い捨てて、逃げるように走り去った。 いや、逆だった。 走り去るように、三日から逃げた。 268 名前:ヤンデレの娘さん 交錯の巻 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2012/04/14(土) 13 13 15 ID Br3PhM8M [3/9] 「おっはようございます、御神先輩!」 逃げ足ダダっとダッシュで三日を綺麗に撒いた通学路で、俺は後ろから声をかけられた。 一瞬、聞き違いかと思えるほど遠かったが、ギュン!と言う足音(?)と共に声の主が眼前に周りこんできた。 弐情寺カケルくんだった。 「……おはよ、弐情寺くん。良く分かったね、俺だって」 いくら高校生としては背の高い方だとは言え、俺と同程度の身長の奴は校内でも他に居ない、と言う程ではないのに、だ。 「いやぁ俺、目にだけは自信あるんですよ。一度会った相手なら、100メートル先からでも、後姿だけで分かりますよ。こう、ビビッっと!」 照れたように言う弐情寺くん。 「顔を視ないで、って言うのはもう目とか関係なく無い?」 「ウーン、何て言うか相手の全身の癖?モーション?とかも覚えちゃうんですよ、俺」 観察力と記憶力が長けている、と言う訳か。 元推理小説マニアだとは聞いているが、むしろ彼自身が推理小説の名探偵のようだった。 「確かに、どれだけちゃんとした、教科書通りの動きをしようとしても、その人の癖は残るからなぁ」 「そうです。スポーツでもどんな綺麗なフォームしても、手先とか、足の出し方とか、その人っぽさは微妙に残りますからねぇ」 「もしそう言う癖とか特徴とか消そうとしても、『特徴が無いのが特徴』になっちゃうしね、文字通り」 ちなみに、俺はそう言う奴を今までの人生で1人しか知らない。 「剣道やってるからですかねぇ、やっぱ」 「それ、関係あるの?」 「相手が面を被っていても分かりますから」 「確かに便利ではあるけど怖くない?剣道家がみんなソレできたら」 「あー、確かに。前に部の面子で、おふざけで面被ったままで誰が誰だか全員当ててみたら、感心される前にドン引きされましたからねー」 「そらそうだ」 控えめに言って、役に立つ特技とは言えなさそうだった。 「でも、好きな相手を一瞬でロックオン・ストラトス!出来るから、意外と便利なんですよ?」 「狙い撃つ気かよ」 「ってか珍しいですよね」 と、弐情寺くんは話題を切り替えた。 「御神先輩がこの時間に登校するなんて」 「そう?」 言われてみれば、そうかもしれなくもない。 「ホラ。俺とか、今から部活の朝練なんですけど、この時間帯だと基本、先輩と登校時間被んないじゃないですか。体育会系の部活されてる方じゃないですから」 「ああ」 ポン、と手を打って俺は納得した。 起きた時間は、普段とほぼ変わりない。 それにも関わらずこうして弐情寺くんと歩いているのは、普段だと、準備や朝食にもっと時間がかかるからだ。 普段は、2人だから。 独りではなかったから。 「それにしても、君の後輩キャラっぷりだけはブレ無いね。正直、昨日で尊敬度とかダダ下がりするかと思ったんだけど」 独りで歩いていてもヒマなので、その後輩クンと雑談パートをはじめることにした。 「下がるようなこと、ありましたっけ?」 「ボコボコにされて、バカ話した。昨日はそんだけしかやらなかったし」 「昨日は本当にすみません」 さすがにションボリする弐情寺くんに、俺は「そんなのいいよ」と手をヒラヒラさせる。 「でもスゴイですよ、先輩。俺にあんだけ打ち込まれて立ち上がった人、今まで見たこと数えるぐらいしかいませんでしたから!」 目を輝かせて言われると、複雑な内容である。 「そうは言うけど、俺より強い人なんて掃いて捨てるほどいるよ?」 「それはそうですけど、強い人たちはそもそもそんなに打ち込ませてくれませんよ。こっちが打ち込まれて、勝負付けられてます」 それを聞くと、俺もまた微妙なポジションである。 いや、別に最強とか目指してるつもり無いけど。 「あのガッツと、その後に熱く激しく聞かせていただいた一本筋の通った信念!あれこそ僕の理想とする正義そのもの!まさにジャスティス!」 眩しい……眩しすぎる。弐情寺くんのキラキラした純粋な瞳は、汚れきった俺にとっては眩しすぎて、正直正視に絶えなかった。 「・・・・・・って、どうしたんですか先輩。まるで聖なる光を浴びた死霊みたいな顔をして目を逸らして」 「いや、何でもない。・・・・・・そうそうそうだった。今日は良いことありそうって話だったね」 「言われてみればそんな話もしてたような気もしますけど、そんな話題でしたっけ?」 「良いことがありそうってのは、存外的外れな話じゃ無いかもよー?」 「お、マジですか」 意外と追求してくることなく、あっさり話にノッてくる弐情寺くん。 「ウチの学年に、美人が転入して来る」 「おお!先輩が美人って言うなら相当ですね」 「そう?」 269 名前:ヤンデレの娘さん 交錯の巻 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2012/04/14(土) 13 13 38 ID Br3PhM8M [4/9] 「だって、緋月先輩なんて可愛らしい方とお付き合いしてるんですから。・・・・・・そう言えば、今日は一緒じゃないんですか、緋月先ぱ「聞かないで」「ラーサー!」 と、そんな会話をしていると、折り良く後ろから「オッ?」と声をかけられる。 「ンな時間に珍しいな、千里じゃねーか?」 「アンタも案外顔が広いわね、剣道部期待の新人クンと一緒だなんて」 振り向くと、葉山正樹に、彼と腕を組んで歩いている明石朱里がいた。 「おはよう、2人とも。今日、朝練だっけ」 「ああ、だから一緒にガッコ行けないかと思ってたンだがな、珍しいコトもあるモンだぜ」 「まぁ、ねー。あ、この子のことを紹介しないとだね。ええっと・・・・・・」 「剣道部1年、弐情寺カケルくん。夏の大会で大活躍したってので、新聞部の取材が来た、高等部1年生の中だとちょっとした有名人よね」 と、俺が話し始めるよりも前に、明石がつまらなそうな顔で言った。 そんなコトがあったとは知らなんだ。 「あ、ハイ、そうです。はじめまして、先輩方。僕、弐情寺カケルと申します。先輩方のお噂も、かねがね聞き及んでおりました」 正樹たちに向かって礼儀正しく(こう言う所は体育会系だ)一礼をする弐情寺くん。 「何だ、知ってたんだ」 「はい。同じ体育会系の部活同士、色々とお話だけなら。御神先輩のことが無くても、お2人は有名ですし」 「有名?」 「そんな設定?」 「あったかしら?」 怪訝そうな顔をする俺たちだったが、明石だけは明らかに目を逸らしていた。 「それはもちろん、我が学園期待のバスケ部新部長葉山正樹先輩と、『朱き潜行者』の異名を取る水泳部のエース明石朱里先輩ですから!」 ちょっと待てい。 「はやまん、はやまん。新部長とか、『わたし聞いてない』ってカンジなんだけど?」 「ああ、悪い悪い。言い忘れてた。大したことでもねーし」 俺がジト目で抗議するのを、頭を掻きつつ軽く応じる正樹。 弐情寺くんの言葉を聞く限り、十分大したことのように聞こえたんですけど? 「部活ってぇのは、部全体で1つのチームだかんなー。ソコがブレなきゃ、誰が部長だろうと関係ねーよ。『部長なんてただのカザリです、偉い人には以下省略』って奴さ」 何でもないことのように言う正樹。 けれど、だからこそ分かる。 「お前は、きっと良い部長になるな」 俺なんかとは、違って。 大切な人を守れない、俺なんかとは違って。 「おうさ。……ってどうした?」 そう応じて、ふと怪訝そうに俺の顔を見上げる正樹。 「何が?」 「ソレはこっちの台詞だバカ。……悪いモンでも喰ったような顔してるぜ?」 これはまた、随分な例えである。 その癖、かなりストレートど真ん中なのだから性質が悪い。 「別に、何でも無いよ」 正樹の言葉をかわし、俺は先を急いだ。 「オ、オイ。待てよ!」 「先輩、待って下さーい!」 その姿を、やはり明石はつまらなそうな顔で見ていた。 俺の、惨めな姿を。 270 名前:ヤンデレの娘さん 交錯の巻 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2012/04/14(土) 13 14 07 ID Br3PhM8M [5/9] 九重かなえ コンピュータのような正確さで、『特徴が無いのが特徴』としか言いようの無い字体で、クラスの黒板に名前が刻まれる。 「今日から皆様と共に勉強することになりましたー。よろしくお願いしますねー」 いつものようににっこりと笑って、九重はクラスのみんなに言った。 朝のホームルームのことである。 九重は、俺達のクラスの転入生として紹介された。 恐らくは顔を合わせることがあるだろうと思っていたが、よもや自分のクラスに入ってくるとは思わなかった。 「九重?九重じゃんよー!」 そんなことを考えていると、正樹がガタリと立ち上がって九重に駆け寄った。 「おっ前今まで元気してたかよ!?千里や先輩達と心配してたんだぜー!?」 「ゴメンー。キミ、誰だっけー?」 「一番順当だけど一番傷つくセリフキター!」 周りの視線を一様に気にすることなく、感情の赴くままに興奮して、落ち込んで、を表す正樹。 こう言う、自分に正直なところは羨ましい。 「どーせ俺は永遠のサブキャラですよーだ。でもヘコむ」 「冗談冗談。覚えてるよ、まぶやー」 「ソコは葉山だ葉山ー!何で沖縄のご当地ヒーローみたいな名前になってンだよ分かりづらいわ!」 「……正樹。その女、どう言う関係?超優しい幼馴染は怒らないから言ってごらん?」 「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」 席に座ったままの明石から燃え上がる、静かな怒りのオーラにひっくり返る正樹。 「冗談よ。噂には聞いてるから。仲よくしましょう、九重かなえさん」 「よろしくー」 型通りの挨拶を交わす明石と九重。 「あー、九重さん。そろそろ良い?」 いつも通り、どこかやる気無さ気な担任の先生が(ようやく)声をかける。 「お騒がせしてすみませんー。主にはやまーが」 「葉山くん、席に着きなさい」 先生の言葉に立ち上がる正樹。 「すンません、昔馴染みとあってつい。すぐ戻ります。……キッチリ名前覚えてんじゃねぇかよ、嬉しいじゃねぇか」 鼻歌さえ聞こえてきそうな歩調で着席する正樹。 「九重さんは、ソコの一番後ろの席ね」 「分かりましたー」 先生に促され、九重も着席する。 そこまでの様子を、俺は決して目を離すことなく注視していた。 そして、同じくその様子を見ていた三日の姿を、決して見ようとはしなかった。 そんなやり取りがあった後である。 転校生のお約束として、九重を質問攻めにしようとするほかのクラスメートを遮り、正樹が絡みに絡み、(半分以上は九重にスルーされたが)昼休みになって、 「なぁなぁ、せんりんせんりん。俺ら4人で九重の奴を校内案内してやろーぜ!」 と、彼が言い出したのは当然の流れだと言えるだろう。 「いきなり仙人みたいなあだ名作らないでよ。って言うか、4人って誰?」 「俺、お前、緋月に明石。いつもつるんでるカルテット。順当だろ?」 「・・・・・・」 まぁ、そうだけどさ。 「つーか、よぉ」 と、正樹は弾んだ表情を押し込めて小声で言った。 「こういうのってむしろ普段のお前のキャラじゃねーのかと、この正樹サンは思うんだが」 「・・・・・・どーゆー意味さ?」 「いつもせんりんなら、九重の奴が転校なんてなったらもっとテンション上がってるだろ?右も左もわからねー転校生にあれこれ世話をやくところだろ?」 「・・・・・・」 「緋月の奴に遠慮しているのか、って思ったけど、休み時間に朱里に聞いたら『なーんか違うっぽい』みてぇだし?」 いつの間にか、正樹は明石にも話を振っていたらしい。 「お前、何かあったか?」 今日は、正樹のカンが冴えているのか、それとも俺が分かりやすすぎるのか。 「・・・・・・別に」 俺がそう言うと、正樹は一瞬不機嫌そうな顔になったが、 「まぁ、言いたくねぇってのなら無理には聞かねーよ」 と引いてくれた。 「で、別に何も無いってぇのなら、九重の奴を誘いに行こうぜ?」 前言撤回。 271 名前:ヤンデレの娘さん 交錯の巻 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2012/04/14(土) 13 16 17 ID Br3PhM8M [6/9] 夜照学園は広い。 中等部と高等部があるので当然だが、高等部だけでもかなりのものだ。(何しろ、学年によっては13クラスもある位だ。) 実際、俺も中等部時代は、高等部の校舎のことなんて全く把握できていなかったし、今現在でも広大すぎて時々迷うくらいだ。 そう言う事情もあってか、正樹たちの誘いに九重は2つ返事で納得してくれた。 「ンで、こっからがようやっと3年生のクラスがあるってぇワケだ。教室だけじゃなくて、3年生専用の自習室なんてイカれた代物まであるンだぜ」 と、嬉々として説明しているのが正樹だ。 それを、九重がいつものニコニコ笑顔と言う名のポーカーフェイスで聞いている。 相変わらず、感情の変化が分からない。 その後ろで、明石が目の笑っていない笑顔と言う怒髪天モードを発動している。 こちらは、感情の変化が分かり易い。 『自分が誰の男なのか、自覚あるのか・し・ら?』と言う本音が、目を見るだけで伝わってくる。 肝心の本人に伝わっていないのが難だが。 と、明石の方に目をやっていると、衝動的に抱きつきたくなる小動物的黒髪少女、もとい三日と目が合いそうになり、思わず前を向いて目を逸らす。 三日がどんな顔をしているのかは、考えないようにしよう。 と、前に向き直ると、見知った人影が廊下の奥から歩いてくる。 その影が 「か、」 の音と共に地を蹴り、 「な、」 の音と共に間合いを詰め、 「え、」 の音と共に両手を広げ、 「た~~~~ん!」 の音と共に、九重に向かって抱きつこうとするが、 「ラブるぼげぶはぁ!?」 その人影、もとい変態が廊下を転がる音と奇声が響いた。 「ちょっと、御神ちゃん!今尊敬すべき先輩に向かって失礼なこと考えなかった!?あと、人事みたいな顔してるけど、思いっきり私を投げ飛ばしたでしょアナタ!?」 変態、もとい一原百合子先輩は一瞬でダウン状態から復帰。 俺に向かって抗議の声を上げる。 「・・・・・・」 俺はつい、と視線を逸らした。 「?まぁ、それはさておきかなえたん、もとい九重たん。日本に戻ってたのね。覚えてる、私のこと?中等部時代の先輩の一原百合子。いやー、懐かしいわね。懐かしいついでに旧交を温めるために今夜食事でも行かない?その後はホテ・・・・・・」 九重に向かって興奮気味に話しかけていた(手も握ろうとしたらしいが、九重にサラリとかわされた)一原先輩の言葉は、彼女の背後に生まれた5つの殺気に遮られた。 「一原前生徒会長、いたいけな後輩を出会い頭に口説くと言うのは先輩として自生すべき行為かと思われますが?」 4つの殺気を代表するように、その1つ、もとい1人、氷室雨氷先輩が言った。 「口説いてない口説いてない!ただ、昔なじみにサプライズ的に会って、ちょーっち興奮しただけ。うーちゃんだってそうでしょ、ね?ね?」 「・・・・・・まぁ、そう言うことで今回『は』許しましょう」 ため息混じりに氷室先輩は言った。 氷室先輩とその後ろの3人は、一原先輩に激ラブ(病みラブ?)なのである。 血の気が多い部分もあるが、根本的に皆一原先輩には甘いのだ。 「お久しぶりですね、九重後輩。と、言っても中等部時代の先輩など、もう覚えてはいないかもしれませんが」 「いえ、そんなことはー。お久しぶりです、一原先輩、氷室先輩。お2人ともお元気そうでなりよりですー」 先の殺気だったやり取りに表情を崩すことなく、九重は氷室先輩に挨拶を返した。 「っつーか先輩方。受験勉強とかは良いんスか?2学期から受験用の時間割が始まってるって聞きましたけど?」 一原先輩たちとは見知った仲である正樹がそう問いかけた。 「いやいやいや、葉山ちゃん。いくら東大目指してるからって、そうそう24時間365日勉強してたら頭がショックのパーになっちゃうわよ」 「と、言うよりも、皆で図書館へ勉強しに行こうとしたら、あなた方がいた、と言うことなのですがね」 一原先輩の言葉に、氷室先輩が補足する。 先輩たちと同道しているメンバーには、英語教師であるエリちゃん先生もいる。 勉強会をするにはこれ以上無い相手だろう。 272 名前:ヤンデレの娘さん 交錯の巻 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2012/04/14(土) 13 16 40 ID Br3PhM8M [7/9] 「図書館ー?図書『室』でなく、ですかー?」 と、九重が素朴な疑問を口にした。 「中等部と違い、高等部には図書室があるのです」 「自習室だと、みんなで勉強会やるのには向いてないからねー」 「ソレ、俺の台詞ですよー!」 先輩たちの説明に、正樹が抗議の声を上げるが皆スルー。 「と、そうだ九重ちゃん。折角だから、一緒に高等部(ウチ)の図書館行く?」 「折角ですけど、今ははやまー主催の高等部キャンパスツアーの真っ只中でー」 と、一原先輩の言葉に九重が答えた。 チラリ、と細めた奥の目が正樹の方に向いたのが分かった。 「俺はいーぜ、どっちでも。図書館は見せに行くつもりだったしよ。お前のための時間なんだ、お前の好きにしろよ」 正樹は言った。 それに対し、九重の表情が一瞬だけ動いたような気がした。 錯覚かと思うくらい、ささやかな変化。 想定とは異なる展開にか、ペースを乱されたことにか、どこか、不機嫌そうに顔を歪ませたよう、な? それは、きっと、中等部時代の俺なら絶対に見落としていたような微弱な変化。 しかし、九重は瞬時にいつものポーカーフェイスに戻し、 「それでは、ご一緒しますねー」 と何事も無かったかのように、あるいはいつものように答えたのであった。 図書館に行く途中には、一度1年生の階を通って、1階まで行く必要がある。 「ここが一年生の世界か」 「それを言うなら教室」 などと正樹と明石がジョークを飛ばした時に、これまた見知った人影と出くわした。 廊下を歩いていた、1人の少年。 少年―――弐情寺カケルは一瞬驚いて目を見開いた。 そして、か、の音も、な、の音も、え、の音も発することなく、発する間もなく一瞬で。 九重を、抱きしめていた。 「会いたかった」 いとおしげに九重を抱きしめ、目に涙さえ浮かべて、弐情寺くんは言った。 「ずっと、会いたかった」 いきなりの出来事に、俺たちは誰一人対応できなかった。 九重でさえ―――驚愕に、目を見開いている。 俺は知らない。 九重のこんな顔を、俺は見たことも無い。 「ずっと心配してた。気にしてた。考えていた。恋―――してた。でも、また会えてよかった」 九重が動けないのを良いことに、弐情寺くんは言葉を紡ぐ。 「久しぶりだね、倫敦の名も知らぬキミ」 誰よりも嬉しそうな顔をした彼の姿に驚愕する俺たちの―――否、俺の後ろで、三日が嫉妬の炎を燃やしていることなど、誰よりも衝撃を受けていた俺が気づくはずも無かった。 273 名前:ヤンデレの娘さん 交錯の巻 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2012/04/14(土) 13 17 16 ID Br3PhM8M [8/9] おまけ 解説:私立夜照学園 「あらゆる層の若者に、最上最良の教育を」と言う理念のもと、都内に創立された私立校。 幼等部から大学部まで存在し、途中編入も可能。 全ての学部を合わせた総生徒数は万を軽く超えるマンモス校である。 私立校の中でも比較的学費が安く、入学試験のレベルは特別低くも無ければ高くも無い。 その学費と比べて破格とも言えるカリキュラムや敷地面積、施設を誇る。 その為、中流階級から富裕層まで、様々な層の子供が在籍し、結果として個性が強く、自由な校風を生んでいる。 しかし、生徒の出自の違いや、生徒が多すぎる為に教師の目が行き届ききら無い等、生徒間のトラブルやイジメの温床を慢性的に抱えている。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/63.html
904 :埋めネタ~ヤンデレ家族~ [sage] :2007/09/24(月) 23 07 02 ID 44vDg8Ym 俺の家には5人が同時に暮らしている。そして俺以外の4人全員が何かしらおかしい。 まず、父と母。実の両親である。 俺にとっては両親であるが、実を言うとこの2人はただの夫婦じゃない。 別に父親がヒーローだとか、母親が裏世界のドンだとかいう意味ではない。 もうちょっとレベルの低い意味でただの夫婦ではない。 別の言い方をするならばベクトルが違うとでも言うのだろうか。 俺の父と母は、兄妹だ。 嘘ではない。どうしようもなく、本当のことである。 なにせ、両親の母――俺にとっては祖母である――から聞かされた話だ。 祖母はまだ50代である。まだ呆けていない。会社にだって務めている。 俺自身、祖母の言ったことを全く疑っていない。 俺が、兄妹で子供を作ったというにわかには信じがたい話をなぜ疑わないかというと、 たった今、壁一枚隔てた向こう側から、それを証明する声が聞こえてくるからである。 「おにいちゃあん! いいよっ! イイよぉっ!」 この声は母の声だ。実の息子である俺が言うのだから間違いない。 ちなみに母の年齢は……怖くて未だに聞けていないが、父の年齢が36歳ということから考えて、 30代前半だと考えられる。 俺は現在17歳。となると、母は少なくとも18の頃には俺を産んでいたと言うことになる。 なんということであろうか。 兄妹で子供を作ったというだけでもトンデモ話だというのに、このうえ10代で出産していたとは。 その事実を知ったときにはさすがに自分の耳、もしくは脳が損傷していないかを疑った。 「――っく、イクぅっ! あ、ああああああっ! いっぱい出てるうぅぅっ!!」 ……ふむ。 改めて考えてみると子供が起きているというのに、隣室でまぐわっている夫婦の 片割れである母(父の妹)が嬌声をあげているというのも変な話である。 そして、30代子持ちで『おにいちゃん』と言う母の精神年齢の低さも異常である。 俺は母の嬌声なんぞ聞きたくもないし、聞いても全く嬉しくない。 人間の耳に、聞きたくない音声をシャットダウンできる機能があればいいのに、と俺は切に願う。 母にセックスするのをやめてくれ、もしくは回数を減らしてくれ、と頼むことはできない。 以前さりげなくそう言ってみたら、「私とおに――お父さんのスキンシップを邪魔するの?」と言いつつ、 母が俺の首に手を伸ばしてきた。 その場は父がおさめてくれたが、もし父が居なかったらと思うとぞっとする。 本人に言っても無駄なら、それこそどうしようもない。 俺は夜ごとにひたすら頭のおかしい母と、父のまぐわう声を聞き続けなければいけないのだ。 これからもずっと。 父と母の話はこれぐらいにしよう。この家に住んでいるもう2人の話をする。 その2人というのは、俺の弟と妹だ。弟は1つ下、妹は2つ下。 弟は俺のことを慕ってくれる。あまり学校の成績がよくない弟はテストの度に俺を頼ってくる。 そこそこ勉強ができる俺は同じ高校に通う弟の勉強をよく見ている。 その際、弟の勉強を見ている俺を、妹が後ろから見つめてくる。 これが2つ離れた俺の尊敬の眼差しであれば嬉しいのであるが、そうではない。 妹は俺を睨んでいるのだ。それも血走って濁った目で見てくるのだ。 その瞳に何が篭っているのかなど、考えるまでもない。 俺に対する、憎悪である。 妹は、弟を独占する俺を射殺さんばかりに憎んでいる。 とは言っても、それは勉強を見ているときだけのことである。 勉強が終わってしまえば妹は弟にすぐさま飛びついて甘える。見ていて微笑ましくなるほど、激しく甘える。 妹のデフォルトは、弟にくっついている状態なのである。 長男としては少しばかり悲しくもある。だが妹の興味が弟に全ていくならそれでもいい、とも思う。 905 :埋めネタ~ヤンデレ家族~ [sage] :2007/09/24(月) 23 08 13 ID 44vDg8Ym その理由には、俺の趣味が関係している。 俺の趣味はプラモデルを作ることだ。そのため、部屋に立ち入ってもらったら困るのである。 せっかく上手く塗装できたプラモデルに指紋などつけられては大変なことになる。 具体的には飯も食えなくなるほどに俺がへこむ。 しかし、母は父の部屋にしか入らないし、妹は弟の部屋にしか入らない。 俺の部屋に入る人間は、俺以外にいないのである。 たまに父や弟が入ってくることもあるが、俺が部屋にいる時に限るのでいたずらされる心配がない。 というわけで、今の俺は明日学校があるにも関わらず、小言を言われずにプラモデルに色など塗れるわけだ。 ああ、なんという幸福な生活であろうか。 同居人の誰にも邪魔されずに趣味に没頭できる。趣味に生きる人間にとってこれ以上の幸せがあるだろうか? いや――ない。 たとえ寂しい人間と言われようと、今の俺は幸せだ。 それは父と弟という人身御供のおかげであるのだが、とにかく俺は幸せだ。 今は幸せなら、それでいい。たとえ、これからは幸せでいられないとしても。 * * * * * 朝になった。 俺は部屋の隅に畳んだまま置かれている布団に身を預けるようにして眠っていた。 夏というのはありがたい。寝るときに布団を敷かなくても風邪を引かないからだ。 立ち上がり、学生服に着替え、部屋を出て、洗面所へ向かう。 顔を洗い、少しばかり寝癖のついていた髪を水のついた手で撫でる。 それで寝癖が直るわけではないのだが、一応やっておく。 洗面所の次に行くところはリビングだ。 リビングの入り口の扉を開けると、朝食の匂いがした。 リビングのテーブルにはこの家の同居人である四人がすでに食事を始めていた。 母と、母にあーんをされている父。妹と、妹にあーんをされている弟。 二組はテーブルを挟んで向かい合って座っていた。 ちなみにテーブルに備え付けてある椅子は四脚。全ての席は既に埋まっている。 俺の席は当然無い。朝食も当然用意されていない。 こめかみを押さえて目を閉じる。そして自分に向けて暗示をかける。 ――これはいつも通りの光景だ。今日もいつも通りで安心した。 ――いきなり俺の朝食が用意されていたら、どうリアクションをとればいいかわからない。 ――だからこれでいいのだ。 ……よし、暗示終了。 キッチンに入り、冷蔵庫の中を開ける。 買い置きのプリンがまだあった。これと、あとはトーストを焼いて食べるとしよう。 キッチンに置いてある小型の椅子に座り、焼いたトーストにマーガリンを塗り、食す。 冷蔵庫に背を預けてよりかかり、もくもくと咀嚼しながらテーブル席についている四人を観察する。 「あなた、どう? 今日のお味噌汁」 「ん……まあまあ、かな」 「え? まあ、まあ?」 「はっ! 違う違う。うん、サイコーだよ。やっぱりお前を嫁にもらって成功だったよ」 父が歯の浮くような台詞を言いながら母の頭を撫でた。 母はにこにこ笑いながら父に体をすり寄せる。 見ている方が恥ずかしくなるバカップル、じゃなくおしどり夫婦、もとい仲のよい兄妹ぶりである。 906 :埋めネタ~ヤンデレ家族~ [sage] :2007/09/24(月) 23 09 43 ID 44vDg8Ym さて、もう一組、こちらは弟と妹の組み合わせである。 「お兄ちゃん。あーん」 「……あーん」 妹が差し出した卵焼きが弟の口の中に入った。弟はもぐもぐと顎を動かす。 「うん……ちょっとしょっぱいけどおいしい」 「ホント!? じゃあ、もっとしょっぱくしても大丈夫?」 「いや、気持ち塩を少なめにしてもらえるともっと美味しくなると思う」 「そう? お兄ちゃんはその方がいい?」 「うん」 「わかった。明日からはそうするね。もう一つどうぞ。あーーん」 こちらも両親に負けず劣らずの仲の良さを見せつけてくれる。 これが兄妹同士でなければ兄としては安心できるのであるが……今となってはどうしようもあるまい。 言うだけ無駄だ。よって何も言わないことにする。 四人を見ていて、いつも思うことがある。 父と母。弟と妹。四人はまったくそっくりである。 兄妹という構図もそっくりであるが、その容姿すらもそっくりなのだ。 父と弟はほぼ同じ顔だ。母と妹だってそうだ。 このままいけば、いずれ弟と妹は、両親と同じ道を辿るのではないだろうか。 ありえない、と言えないところが恐ろしい。 実際に妹の行動は、兄妹は仲良くしなければならない、で説明できる行動の範疇を超えている。 高校一年生と中学三年生の兄妹といえば、とっくに兄妹離れしている年齢である。 それだというのに妹は弟にくっついたまま離れようとしない。 これはブラコンの一言で片付けていいものなのであろうか。 俺の本能は否、と言っている。このままではいけない、と言っている。 だが、同時に本能が告げるのだ。妹の邪魔をすべきではない、無理矢理に弟と妹を引き裂けば俺の身に危険が及ぶ、と。 弟のテスト勉強を見ているわずかな時間でさえ俺に譲ろうとしない妹を見ていると、その警告にも納得ができる。 弟と妹にまっとうな人生を歩んで欲しいと俺は願う。両親のように歪んだ夫婦にしてはいけない。 そうは思うものの、我が身かわいさ故にどうしても2人を放っておくしかできない。 だが、いつか弟と妹が両親のように道を踏み外そうとしたら、その時は止めようと思っている。 それが兄としてできる精一杯のことである。 朝食を食べ終えた後、食器を片付けていると電話機が電子音を発した。 リビングに視線を向ける。ピンク色の空間に居る両親と弟と妹はベタベタくっついたままで、電話をとろうとはしない。 もちろんそれはいつものことである。朝食の時間に電話がかかってきた際に応対するのは俺の役目なのである。 いつからそうなったのかはわからない。 もしかしたら自分から望んでそうするようになったのかもしれないが、とうに忘れてしまった。 廊下に出て、受話器をとって耳にあてる。 「もしもし」 「あ、お兄ちゃんの方かな? 元気?」 電話の相手は祖母であった。 祖母と言うには若々しい声である。還暦を迎えていないので、おかしいとは思わない。 「うん。元気だよ。どうかしたの、こんな朝から」 「今日は誕生日だったでしょう。だから電話をしておこうと思ってね」 壁に貼ってあるカレンダーを見る。確かに今日は俺の誕生日であった。すっかり忘れていた。 「ありがとう、お婆ちゃん」 「もしかしたら、まだお兄ちゃんにお祝いしてくれないんじゃないかと心配になったんだけど。 どう? むす――じゃなくてお父さんとお母さんにおめでとうって言われた?」 「うん。それに、今日は朝から大好きなフレンチトーストを作ってもらったから」 「……そう、よかったね」 「うん」 907 :埋めネタ~ヤンデレ家族~ [sage] :2007/09/24(月) 23 14 10 ID 44vDg8Ym ちくり、と胸が痛んだ。俺は祖母を騙している。朝食は自分で作って食べていたのだから。 けれど、ああ言わざるを得ないのである。 祖母は実の息子と娘が肉体関係を結んでしまったことで、心に傷を負ってしまっているのである。 盆や正月、親類の結婚式の時や法事の際に再会した祖母の顔は若々しくもあったが、同時に深い哀しみも湛えていた。 そんな祖母に、心配させるようなことを言えるわけがない。 もしかしたら祖母は俺の偽善――真実を伝えられないという思い――を見抜いているのかもしれない。 それでも、俺にはこうするしかないのだ。なるべく心配をさせないよう、演技をしていくしか道はない。 「弟くんと妹ちゃんは元気?」 「元気がありあまって、こっちが参るくらいだよ」 「……仲が良すぎたりはしていない? たとえば妹ちゃんが弟くんと一緒にお風呂に入ろうとしたりとか」 「ううん。ちゃんと別々に入っているよ」 これも嘘である。弟と妹は一緒の風呂に入っているし、さらに妹は弟に髪を拭いてもらっている。 祖母がこんなことを聞いてくるのは、前例があるからである。 祖母の息子と娘、つまり俺の両親のことであるが、2人が肉体関係を結んでいたことに、祖母は気づけていなかった。 その苦い思いが、二度と同じ過ちは繰り返したくないという思いが、孫へと向けられているのだろう。 だが安心して欲しい。弟と妹がもし過ちを犯しそうになったら、俺が止めるから。 「お兄ちゃんは、どう? 怪我とかしてない?」 「心配性だね。どこも怪我なんかしてないよ」 「無理はしないでね。……あの人も、昔……」 俺は、祖母の声を遮るように声を出した。 「あ、ごめん。もうすぐ学校に行かなくちゃいけないから。また、帰ったら電話するから」 「ええ、気をつけて行ってらっしゃい……」 祖母の言葉を聞き終えてから、受話器を置く。 祖母が言っていたあの人。それは祖母の夫、俺にとっては祖父に当たる人のことだ。 俺は祖父に会ったことが一度もない。俺が生まれたときには、すでに祖父は帰らぬ人になっていた。 俺はそのことを、幼い頃は別におかしいことだと思っていなかった。祖父を早くに亡くしている人はこの世に大勢いる。 祖父の死に疑念を抱き始めたのは、数年前のお盆のことだった。 久しぶりに祖母の家に遊びに来た親戚が、俺に向けてこう言ったのである。 『あら、おじいちゃんにそっくりね』 その場に居合わせた母は、俺の顔を掴みながら睨み付けるように目を剥いた。 祖父の死に疑いを持ち始めたのは、それからである。 もしかしたら、祖父は両親の関係を引き裂こうとして、母に殺されたのではないかと。 母が恨みを込めた目で俺を見たのは、祖父が再び目の前に現れた、と考えたからではないだろうか。 一度考えると、全てを疑わずには居られなかった。俺は祖母に内緒で、祖父の死について調べ始めた。 祖父が死んだのが、俺の生まれる10ヶ月前であること。 祖父の死因は、病死でも事故死でもないこと。――祖父は通り魔に遭い、殺されたということ。 それらを知る頃には、俺はすっかり母への疑いを強くし、祖母を頼るようになった。 そして、俺は母を避けはじめ、間もなくして母から避けられるようになった。 プラモデルを趣味にし始めたのも、母がシンナー系の匂いを苦手にしていると祖母に聞いてからだ。 この家で、俺と母は見えない戦いを繰り広げているのだ。 「兄さん、電話誰から?」 リビングの扉を開けて、弟が廊下に現れた。左腕には妹がくっついている。 「お婆ちゃんからだ。元気にしてるか、って聞かれたから、元気だっていっておいた。お前達の分も」 「そうなんだ。ありがと」 「ありがと、お兄さん」 妹は俺をお兄さんと呼び、弟をお兄ちゃんと呼ぶ。お兄さんと呼ぶときのニュアンスが暗いのは毎度のことである。 「さて、そろそろ行かないと遅刻するな。先に行っているぞ、弟よ」 「ああ、兄さん待って」 玄関に置いたままの学生鞄を掴み、靴を履いて玄関から出る。 ――うむ。今日も朝日が眩しい。快晴だ。